タクトが振り下ろされ音楽が始まる。
カルロス・クライバーという指揮者はぽんと指揮台に上がりいきなりタクトを振り下ろす。ホールは天から降りた音楽に満ち溢れる。
楽員は彼が指揮台に上がるときにすでに準備をはじめ、指揮台に上がった時には一番目の音符を奏でる準備をしていなければいけない。
その日ゴヴィンダは15分ほど遅れてやってきた。挨拶を一言二言交わす。
練習生はいつ始まるかもしれない彼の一挙手一投足を見守る。その中でおもむろに着替える。あまり長くないジーンズを脱ぐといつもの短パン。
座ると何も言わずにすぐに瞑想がはじまる。
一番目の音を出す楽員たち。
瞑想の静けさの後、OMを何度も発声し、チャンティング。いつ終わるか彼自身もわからないのだろう。
ゴヴィンダの声も呼応する練習生の声もだんだん大きく響きだす。
突然の静寂。
囁くようにゴヴィンダはいう「samasthitih」

陸上選手なら「位置について」、兵隊なら「気をつけ」、ヨギにとってはどんな意味なんだろう?
我が家「ホーム」のような感じ。
くつろぎと安心と少しの緊張感。ここから出かけてここへ帰る。
ゴヴィンダの「samasthitih」が好きだ。
長い旅を終え我が家に帰ったような安心感、そしてこれから我が家から遠い旅路へ出発するような高揚感。
そして今日の旅の新しい出会いと安全を祈るチャンティング。
OM
VANDE GURUNAM CARANARAVINDE
・・・・
OM
一瞬の静寂の後に、イエーカム・・・・これからの旅の第一歩目を踏み出す。
吸いながら両手を大きく広げ、頭上で合わせ、吐く息で前屈・・・。
呼吸と動きをシンクロさせるヴィンヤサの旅路。一つ目の中継点は下向きの犬のポーズ。このポーズをキープし自分のへそを見つめ呼吸する。
彼の力強いカウントの声「ONE!」
「TWO!」
みんなの呼吸の音が聞こえる。
喉を通る深く強い呼吸の音。
「THREE」
「FOUR」
「FIVE」
そして、またヴィンヤサの旅を続ける。
Surya Namaskara。
インドマイソールでは太陽の昇る一日で一番エネルギーの高い時間に太陽に向かって礼拝をする。
ヨガ練習生も時間や場所は異なっても、今まさに昇らんとする太陽のエネルギーの恩恵にあずかるよう心を込めて礼拝する。
そう、体操ではなく礼拝なのだ。
しかし、礼拝でもあり準備運動でもある。
Aを5回、そして違う形のBを5回。
そしてまた「samasthitih」
そこからまた旅は続く。
訪れた旅先の地をしっかり踏みしめるようにスタンディングポーズが続く。
すでにタンクトップはマットの脇に脱ぎ捨て上半身は裸だ。
裸の背中に汗が吹き出る。
大きく足を広げマットをしっかりと踏みしめる。
左足で右足で。
体を倒し、体を伸ばし、旅を体験する。
困難な場所に入ったりもする。
ゴヴィンダはその困難にも自信をもって飛び込めるよう力強くサポートしてくれる。
「大丈夫。俺が一緒にいるぜ」

彼がいれば辺境の山奥にも歩を進められ、荒れ狂う海にも漕ぎ出せるような気がする。
ますます困難なポーズが続くシッティングでも彼は見ていてくれ、時に助けてくれる。
この場所はいいよパスと思っているといいから行こうぜと連れて行ってくれる。
こんな場所は無理と思っていた深い密林もそれほど悪くないなと思ったりする。
何度も自分の身体を持ち上げ、伸ばし、ねじり、逆さになる。
股関節は悲鳴を上げ、上腕筋は熱く火照る、余計なことはなにも考えられず、ただただポーズの中に没頭する。
充実感と心地よい疲労感に満たされた肉体と精神。
最後の太陽礼拝を行い、ブランケットをかぶり深く長い休息に入る。
練習生たちの深く強い呼吸はやがて寝息に変わり、ポーズ以外の何もなかった心の中には旅の夢が描かれる。
休息が終わり、ゆっくりと身体を起こす。
マットから離れたときからまたヨガの旅路がはじまる。
そして、そのヨガの旅にはたぶん終わりはない。
ホームはいつでもそこにある。
samasthitih...

LOKAA - SAMASTHA SUKHINO - BHAVANTHU
OM SHANTI SHANTI SHANTI
http://www.youtube.com/watch?v=aUgtMaAZzW0&feature=share&list=PL2BA14F531187EE40