お伊勢参り@八百万の神々との出会い | 星を楽しむ「あとりえlablum」からのメッセージ*.。o○o。

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西洋占星術が始まった紀元前2000年頃は天文学と同じ学問でした
悠久の歴史の分だけ、携わって来た先人の果てしない知恵が盛り込まれています

西洋占星術とギリシャ神話はとても関わりの深いものがあります。


そして、私は日本古来の神々よりもギリシャ神話に馴染む事から、
日本古来の神々に興味を示しても、解釈不可能な難しい呼称に閉ざ
されて興味が続かないでいました。

ゆえに、伊勢神宮にも興味が向く事もありませんでした。


$星を楽しむブログ゜・*:.


けれど、何時しか自然発生的に沸いた感情に導かれる様に興味が沸い
てきたのです。きっと年齢を重ねる事で、理解力が増したのでしょうね。


人は誰でも、興味が沸くと、出かけたい衝動に駆られるものです。
その思いに突き動かされてお伊勢参りに出かけてきました。


初めてのお伊勢参りは、様々にカルチャーショックを受けて、様々な
細胞の生まれ変わりを実感した、一人旅でもありました。流れ星




旅の大きな目的&真意は・*:.。.:*・゜・*:.。.:*



ギリシャ神話の神々との違い.:*・゜
八百万の神々(やおろずのかみがみ)を感じたい思いも強かったです。




けれども・*:.。.:*・゜・*:.。.:*
・*:.。.:*・゜・*:.。.:*が、・*:.。それは私のおごりでした。



これまで、日本古来の神々に対して理解力に乏しくて、興味を示さなか
った私です。必然的に、情報不足もあり、根本的な部分での私の意識の
低さを知らされました。


それに至る要因は、沖縄、宮古島生まれの育ちも影響しています。
・*:.。.:*・゜・*:.。.:*きっと。



過去(2010.1/9)ブログで論理的にご紹介しています。
ご参考までにどうぞご覧下さい。


※ この頃は、自分自身の意識の低さは、感じていませんでした。
今思い出しますと、とても恥ずかしいです。
「占いとはなんでしょう?」


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八百万の神々(やおろずのかみがみ)とは・*:.。.:*・゜・*:.。.:*
ギリシャ神話のニンフ(妖精)の様な類で精霊なのですね。
表層的に800万の神々ではありませんでした。


「草や樹木、海、山、石等、万物に意識が宿っている」意味でした。流れ星流れ星流れ星



そして天照大御神(あまてらすおおみかみ※①)とか阿弥陀如来(あみ
だにょらい)
は、キリストの様に肉体転生した人間で、凡人より精神性
が発達して、多才であった事から「神」として崇拝された*:.。.と知らさ
れました。




けれども、万能ではない・*:.。.:*・゜・*:.。.:*
八百万の神々(やおろずのかみがみ)程・*:.。.:*


※①日本神話で、高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
 の娘。太陽神であり、又、皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られている。





西洋占星術のお勉強に際し、様々な見地においての確認は基本的な要素
です。ゆえに、全てにおいて、その様な当たり前な流れが私の中に出来
上がっていると思い込んでいました。


それが、今回の旅を通して完璧で無い習慣を確認しました。



机上の論理の先行でした。
反省です。



初めてのお伊勢参りで感じたのですが*・゜・*:.。.:*



ホロスコープチャートに示された星々も、日本古来の八百万の神々(やお
ろずのかみがみ)と同様な位置付けとして捕らえて解釈しますと、大自然
及び宇宙に感謝と理解無くしては、解釈出来ません。コスモスハチ




確かにリーディングソースとして、ギリシャ神話があります。
けれども、日本古来の神々にも親和性があるように感じています



只、不思議に思うことは、伊勢神宮の内宮に祭られた天照大御神(あまてらす
おおみかみ)が太陽神であり女性神であるところです。


ギリシャ神話では、太陽神はアポロンで男性です。


時々もしかして、宇宙を創造した女性神ガイアと同等なのでは?*:.。.:*と、
思ったりも致しますが、天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、伊弉諾尊
(いざなぎのみこと)の娘です。*・゜・*:.。.:*ゆえ、謎なのです。


もしも、この説だとすると、日本神話はギリシャ神話よりも古い神話になります。


その辺りは、今後、神社巡りをしながら探って行きたいと思っています。





その様な訳で、今後は日本人としての誇りを胸に、日本人が育んで来た
文化&思いを鑑定に織り込んで活きたいと悟りました。キラキラ

その為には、古来の神々に理解を示す事ですね。



西洋占星術の鑑定にあたっては、常に知識を知恵に変える事を基本としてき
ました。それが自分の中で出来上がっていないことを知り反省の日々です。
(お伊勢参りから帰ってから)



知識を知恵に変えられなかったのは、机上の解釈を優先した事です。
伊勢神宮の八百万の神々(やおろずのかみがみ)を肌で感じ、教えられた様
に理解しています。



激しい雨に見舞われたり、ipod の音楽が直ぐ切れたりの洗礼を受けて気が付
きました。目