私は娘が毎日、デイケアセンターに迎えに行くとアンハッピーそうな顔をしている娘に会うのが苦痛だったんですが、夏休み中はおばあちゃんにたくさん甘えられたことやちょうど2歳半くらいで芽生える自我の中に「家族といる安心感」が備わった頃だったのもしれません。
とはいえ0歳から入っていた保育園でもこの頃が一番、たいへんでした。一度上のクラス(3−5歳)に2歳になってすぐに入れられたのですが、うまく行かずに結局途中でクラスを変えてもらいました。今 思えば もっと娘の様子を見てあげて、娘がどんな時にハッピーでどうすればもっと自由でいられたかを考えてあげればよかったと思っています。
娘は産まれた瞬間から、とても強い意思がある子だったんだと今になってつくづく思います。
義母がアメリカに子育てのお手伝いに来てくれていたのは、娘が2歳の夏まででした。その年の秋に夫婦でグリーンカードが取れたので、それからは私たちが日本に行くようになりました。娘はいつも日本に行くと とても楽しそうでした。私が休みでずっと一緒にいたことも良かったのかもしれませんが、産まれた時からアメリカ社会ではいつも緊張していたのかもしれませんん。
娘は5歳くらいまで嫌なことを言われて意味はわかっていても言い返すことができませんでした。きっとその頃の悔しいというか辛い気持ちを思い返して、娘は他人にあまりきつい言葉や傷つけるような批判をしなくなったんだと思います。
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