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アメリカの大学受験には決められたトピックでエッセイ(作文)を書いて提出することがありますが、これを読んで評価する人は一体どういう人なのかが気になり始めました。
私はよく大学生が大学院に進学する場合に必要となる推薦状を書くことを頼まれます。これまでの20年間、ほとんど同じフォーマットを使って推薦状を書いてきました。もちろん学生それぞれのエピソードや長所などを加えていますが、私が使っているフォーマットは最初に
It is my pleasure to write a recommendation letter for ________(その人の名前)who applies for your institution (または大学の名前)
のように書きます。 このmy とpleasureの間にdistinct とかutmostのような単語を入れたりして推薦する気持ちの強さを表します。
推薦状の場合、もちろん「じっくり」読んでくれることを前提に書きますが、たいていの場合、紋切り型の褒め言葉がならんでいると思うのでどれだけその学生が抜きん出ているかを書くには_
__________ is in the top 3 % of approximately 2000 students who took my courses last 20 years.
のように書きます。
本人が書くエッセイ(作文)もどれだけ自分が素晴らしいか、どれだけ自分が志望大学にとって有益になるかを書く必要があるんだと思いますが、それを紋切り型のフォーマットで書くと評価者の目に止まらないんじゃないかと思うんですがどうなんでしょうね。
私の娘は中学受験をするときにISEEという共通試験を受けました。この試験でも決められたトピックでエッセイ(小作文)を書くパートがありました。娘には「どんなトピックでも使い回しができるような内容を『型』にはめて書く」訓練を1ヶ月ほどしましたが、当日 娘はそのような書き方をしなかったそうです。エッセイのパートは成績(得点)には関係なく志望校に直接送られるシステムでした。だからそのエッセイがどう評価されたのか合否に影響したのかはわかりません。けれど大人が教えた紋切り型のエッセイではなく自分が工夫して書いたことがよくわかるものだったことがよかったのかもしれないと思っています。
現在 11年生の娘は来年の今頃までには大学受験の準備が終わっているはずです。書くことと読むことが大好きな娘は「早くエッセイ書きたい〜」と言っていますが、またまた独特の世界線を繰り広げるのでしょうか。それとも守りに入るのかな。