先日、同じ学年のお子さんがいるお母さんと話す機会があり、大学進学について相談されました。
そのお子さんも我が子と同様、ロサンゼルス地区の私立校に通っています。学校のレベル的にはそれほど悪くないのですが、いわゆる進学校という感じではなくいい大学に行くためにはかなり学校外での学習が必要だと言われているらしいです。
よく日本の方がアメリカにお子さんを留学させ、現地の高校で成績優秀だという話をしていますが、高校の成績というのはAからFの6段階でも、ほとんどがAかBしかないというのが現状です。もちろん素行に問題があったり、授業に出ていなかったり、試験もまともに受けていなければFをつけて退学勧告するような場合もあるでしょうが、たいていの場合、そうなる前になんらかの警告があって改心すれば追試などで成績をあげてくれます。そのため、アメリカの高校の「内申」(GPAと呼ばれる成績を総合したもの)がストレートA(すべてA)でも希望する大学に入れないということは多々あります。
それで高校によっては AP(Advanced Placement)という大学の一般教養のクラスに相当するクラスを取らせたり、Honorsという成績がいい子だけが取れるクラスを設けて、そのクラスでいい成績をとればさらにA以上のポイントにしたりしています。
そうやってとにかく高校がこぞって、成績をどんどんあげていくと「こんなにがんばって成績もいいのに、どうして希望の大学に入れないんだ」という不条理さから精神が疲弊してしまう高校生がどんどん増えていきます。
以前は高校生活を十分楽しみ、課外活動もしっかりやって、希望の大学に入れたら、そこでじっくりと取りたい授業を取って将来を考えていく..というのが典型的なアメリカの若者だったのですが、今は多くの高校が全体的に「予備校化」している気がします。これは大都市の公立校のように選択肢が多い場合に特に顕著で、いわゆる「受験」はないけれど、中学である程度の成績を取っていないと 選抜式の高校のクラスに入れないとか様々なプレッシャーから競争が激化している感じがします。同じ地域の高校でもA校のほうがB校より大学進学率がいいとかいう評判が立つとA校に行くためにはどの小学校に行って、中学でどんなプログラムに入って..と親は必死になるので、常に次の進学先を考えているような状況です。
このように進学して、ついに大学に入っても、自分が何を学びたいか、どんなスキルを身につけたいか、よりも その大学に入ることが人生の目標のようになってしまっていて、そこで燃え尽きてしまうんじゃないかと心配になることがあります。
『学歴厨』という言葉がありますが、日本だけでなくアメリカでも最近はやたらと大学の名前や学歴に関してこだわりが強い人が多くなってきて、そういう私も自分が大学に勤務しているせいか「どうせ行くならあの大学よりこの大学」などと「何を学ぶか」より「どこで学ぶか」に重きをおくようになってしまいました。
今は10年生の娘が2年後、どんな大学を選び、どんなことを学びたいと思うのかまだわかりませんが、先日 相談されたお子さんは「まだ将来、何をやりたいかがわかっていない、というと負け犬扱いされるから大学の話が友達とできない」と悩んでいるというのを聞いて、娘も実は密かにそういうことを悩んでいるのかなと心配になりました。
いつからアメリカもこんな大学進学に対する考えがシビアになったのでしょう。
これがロサンゼルスという大都市の私立校だからなのか、アメリカ全体なのかわかりませんが、なんだかかわいそうだな〜と思います。
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