人間はありとあらゆる手段で学習しています。
母親の笑顔が自分の生理的欲求と直結するという体験から、子供は自分の欲求を満たすためにはその対象物を喜ばせようとします。
最初の頃は視力も弱く対象物の表情を見分けられませんから、音だったり動きだったりで 自分のどの行動(顔の表情や発声)が相手(親や世話をしてくれる人)が自分が望む行動をするかを本能的に学んでいきます。
 
言語の発達が早い子供なら2−3歳で「言葉による説得」が可能になります。つまり大人が子供に「これをして」「これはしないで」と指示を与え、大人が言った通りに行動すれば自分の欲求が通ることを学習すれば 言語によるしつけや行動の抑制が可能になります。
 
私の子供は言語発達が遅かったこと以外に、例え指示が理解できても自分が納得しなければ指示に従わない特性がありました。
発話が遅いと「これがほしい」「これがやりたい」「これは今 したくない」など自分の欲求をうまく伝えることができません。
そのため、行動で意思表示をするのですが、いつもその意思表示が相手に伝わるとは限りません。
これは実は言葉を使っても同じことなのですが、4歳くらい前なら言葉で意思疎通ができる子の方が欲求が通りやすいことは多いです。
 
でも言葉の発達が早い子は、早い時点で自分の欲求を言葉で表現しても その欲求が通らないこともあることを早く学びます。
これは発達が早いとか頭がいいとかではなく「あきらめること」を早く課せられるだけです。
 
「あざとい」という言葉がありますが、小さい子供でもうまく大人の感情をコントロールしたり、本能的に大人が自分の欲求をのむように行動できることがあります。側から見るとあざとい子供に翻弄されている親は「甘い」とか「教育的によくない」と責められがちですが、実はそんなことは全然ないのです。
 
誰でも人前で自分の子供が問題行動を起こすのはいやなものです。家の中なら多めにみてもいいけど、人前でやられては困る行動や言動はよくあります。そこで親が「家ではやっていいけど、外ではだめ」という規制をもうけると子供は「ダブルバインド」状態で混乱します。また外に出た時だけ子供の行動をしかると子供は親を困らせたいとか親のアテンションがほしい時にはその行動を取ることもあります。
 
そういう子供というか人間の本能的行動を「あざとい」というのは間違っていると思いませんか。
 

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