アメリカの大学は終身雇用制(テニュア)があり、文字通り、亡くなるまで勤めている先生がたくさんいらっしゃいます。
教授の場合、退職後、Emeritus(日本でいう名誉教授)というタイトルをもらえますが日本語だと非常にカッコいい『名誉教授』という肩書きと同じようなニュアンスはアメリカのEmiritusにはありません。
言語というのは、かなりアクティブに教えなくてはいけないので、ヨボヨボのお年寄りが教えるのはけっこうキツイと思います。助手に全部やらせて自分は成績管理だけをすればなんとかなる教科もたくさんあります。もともと教授は論文だけを書き、実際に教えるのは助手というシステムが一般化しているリサーチ大学では、そもそも教授はほとんど「教えない」んです。
それはそれでいいんですが、実際に教えていない人が「教授法」の講演とかをして「私の学生は...」とか「私のクラスでは...」といかにも実践例のようなことを話すと非常にモヤモヤします。
実際にクラスを持ち、授業もしながら、論文を書き、学会発表をして、講演もしている先生もいるのですが、実際には 何十年も言語を教えていない人の「言語教授法」の講演を聞くと、けっこう時代遅れだったり、最近の学生の特徴がつかみきれていなかったりします。
それでもやっぱり、ほとんどの人は名前が通った年配の先生のお話が聞きたいようで、いつまでたっても「現役バリバリ」の人のお話は聞けないんですよね〜。
そういう私も、あと数年でリタイアしたら肩書きなんていらないので、教育の世界からすっかり足を洗って、自分のやりたいことだけをやろうと思っています。講演を頼まれても「いえいえ、もっとお若い人に」と道を譲るつもりです。
やっぱり言語を教える人は「現役」であることが大事で、言語を教えていない人が「言語教育法」を語ってはいけないと思います。
ランキングに参加しています。
クリックしていただけるとうれしいです。