現在、日本の学校制度では中学3年生にあたる娘は、アメリカにある日本語補習校をこの3月に卒業します。

 

この学校では幼稚部の卒園 小学校の卒業式を経験しました。

 

 

娘は小学校の時に着た袴と同じものを着ると言っています。

 

私は主役じゃないけれど、卒業式って保護者も何を着たらいいのか悩みますよね。

自分の勤務大学の卒業式は教員は出身大学のガウンを着るので悩まなくていいのですが、自分の子供の卒業式にそれを着て行くわけにもいかないし...

 

そうこう考えている時に「そうだ 母の形見のブラウスで行こう」と思いつきました。私は小学校3年生の時に初めてお小遣いで母にブラウスをプレゼントしました。

近所のイトーヨーカドーで買った安っぽいナイロン製のようなブラウスです。サイズもよくわからず13号のものを買ってしまいました。

 

もう〜 こんなおデブじゃないわよ。

 

とちょっとブカブカの13号のブラウスを着てくれたのですが、子供の私から見たらちょうどいいサイズのように思いました。

 

晩年、母は家ではもっぱらそのブラウスに勤務していた高校のジャージ(体操着の上に着るもの)を着て割烹着を着ていました。いつしか母は痩せてしまってそのブラウスが本当にブカブカで安全ピンで止めて着ていました。

 

そんな格好、変だからやめなよ。洋服いっぱい持っているじゃない。

 

と私が言ったら「これ ザブザブ洗えて便利なんだもん」と言っていました。

私は自分がそのブラウスをあげたことさえ忘れていました。

 

父が亡くなった時、母が私に「私が亡くなったら、いつも着ていた服も一緒に棺に入れてね。これ あなたが最初にくれたブラウスなのよ。」と言いました。

 

そうか、それでずっと着ていてくれたんだと嬉しくなって、私は父の葬儀後、アメリカに帰ってから、母の日のプレゼントで赤紫のブラウスをプレゼントしました。

 

母はとても喜んでくれて、痩せて肩が落ちたからと言ってきちんと袖をお直ししたと言っていました。私が「アメリカ製の服は腕が長いのよ。胴回りがピッタリだと袖が長くなっちゃうから、気にしなくて大丈夫よ。」と言いました。でもその頃、母は本当に痩せてガリガリになってアメリカのXSでさえ大きすぎたのかもしれません。

 

結局、その4ヶ月後に亡くなった母は一度もそのブラウスに腕を通すことがありませんでした。棺に入れようかとも思ったのですが、アメリカに大事に持ってきました。

あれから27年 まだ数回しか着たことがないブラウスですが、娘の卒業式にその服を着て母と一緒に参加しようと思っています。

 

 

 

にほんブログ村 子育てブログ 高齢ママ育児へ
にほんブログ村