先週、5年以上、心にひっかかっていたことを思い切って相手に伝えました。

偽善者のように思われたくもなく、これ以上、職場のいざこざに巻き込まれたくもなく、ずっと言葉にしなかったのですが、なぜか先週、思い立ってずっと連絡を取っていなかったアシスタントをしてくれていた人にメールをしました。

 

私は今から25年前、アメリカの大学院に留学してすぐ父を亡くしました。留学を決めた時、父の癌はかなり進行していて私が留学を終えて帰るまでもたないかも、と言われていました。

 

私がアメリカに旅立つ日の数日前、父は病状が悪化し、救急車で病院に運ばれました。私は病院によって「がんばってくるからね。」と言って空港に向かいました。

 

父が危篤だという知らせを聞いて、あわてて飛行機を予約して帰国しました。

父は最後の力をふりしぼって私の帰りを待っていてくれました。

 

その時、TA(教務助手)をしていた私は突然、日本に帰国しなくてはならなくなったのですが、幸い、留学先には日本人の大学院生がいて、その人が私の代講をしてくれました。大学院の授業も2週間も休んだのですが、先生も課題の提出期限を延ばしてくれたり、試験を後から受けさせてくれました。

何よりも感激したのは、大学院のクラスメイトが学内にいる日本人を探して、日本への弔電の打ち方を聞いて送ってくれたことです。私以外の日本人に会ったこともなく、日本がどこにあるかもわからないようなジョージア州の片田舎の大学院に通う現役の先生たちがインターネットも普及していない時代に、私のために弔電とお花を送ってくれたことが本当にうれしかったです。

 

そんなこともあり、私は今の勤務先に来てから、上司のお父様が亡くなった時、お香典とお花をアメリカから送ろうと同僚に声をかけました。

ひとり$20ずつ集め、その上司と一番つきあいの長かった先輩の先生が手続きをしてくれました(というか、してくれたはずです)。

けれど、その上司からお礼を言われたこともなく、果たして本当に供花やお香典が届いたのかもわかりません。

 

それから数年後、私のアシスタントをしてくれた大学院生のお母様が亡くなり、その時は私がお金を集め、住所を聞いて手続きをしました。その大学院生はとても恐縮していて「そんなお気遣いをしていただなくても...」と少し困惑していたようでした。

私は以前に上司の時、本当に届いたのかどうか(いまだに)わからない状態が嫌だったので、私が手続きをしたアシスタントさんの時は、お礼のメールもお金を出してくれた人に転送しました。

 

このことがよくなかったのか、他のことが原因なのかわかりませんが、大学院生が卒業して他州に行ったり、日本に帰る時「何もしないでください」と言われるようになりました。お別れ会やみんなでお金を集めてプレゼントを送ることを拒否する人が数人いました。もちろん、お礼したり気をつかうのが嫌だというのはわかりますが、「やめてください」と何かをする前から言われるのはなんだかな〜と思います。

 

葬儀の時、「お花の代わりにどこかに寄付してほしい」というメッセージをよく見かけますし、結婚や就職のお知らせでも「お祝いは辞退します」というメッセージが書かれていることはありますが、私はやはり、知り合いに不幸があればお悔やみを言いたいし、お祝い事には参加したいという気持ちがあります。

 

話を元にもどして、私が5年以上気にしていたことは、私の元アシスタントさんが私と一緒に働いている時に、突然お母様を亡くし、日本に急遽帰国した時のことです。その時に私がその人を心配し「彼女は今、辛い時期なので仕事量を増やさないであげてほしい」と上司に言ったのが「彼女をもう雇わないでほしい」と私が言っているかのように解釈されたということだったのですが、私は今でもその(上司に送った)メールを取ってありますが、どう考えても私が彼女を責めている内容ではありません。

 

でも、何かの誤解から、私が極悪非道な人間で「親が死んで、日本に帰るような無責任な人は雇うな」と言ったと思われていたらあまりにも悲しいと思っていました。

 

けれど残念なことに、そのアシスタントの人は日本に帰ってしまい、話をする機会もなく今に至っています。

それでなぜか先週、ふと思いついてメールをしてみました。

 

人それぞれの考えと解釈があると思いますが、自己弁護というより、自分がずっと気にしていたことを話しておきたいと思いました。私の真意が伝わるかどうかはわかりませんが、これからも私は家族の不幸や、本人の病気の時など、相手が誰であれ、心から労りの言葉を送り、助けてあげたいと思っています。

 

 

 

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