以前にも書いたことがありますが、ママ友の中に やたらと自分の子供と他人の子供、あるいは自分自身と他の親を比べたがる人がいると面倒ですよね。

 

我が家のように、アメリカの、しかもかなり多くの人種が混ざり合い、社会経済格差が非常に大きい都市に住んでいると、比べようがない人が周りに多すぎることがかえって楽な場合もあります。

 

それでも同じような人たち(例えば日本人)が集まっていると、どうしても比べたがる人に会ってしまいます。それは子供の年齢が低い時の方が多かったと思います。

なぜかと言うと、小さい子供の成長はめざましく、昨日できなかったことが今日はできたり、ほんの数ヶ月でずいぶん成長が変わってくるからです。

我が家の場合、娘が幼稚園くらいの時が一番よく「比べたガール人」に会いました。

 

私は子供の頃、クラスでずっと背が一番低く、運動が苦手で、運動会のようなみんなが見ている場で競い合うことがとても苦痛でした。IQ(知能指数)も私が子供の頃は、年に1回一斉に受けていたので(日本は今もそうかな?) 月齢の低い早生まれの子は低学年のうちは圧倒的に不利でした。それでもIQはそれほど低くなかったので、もし4月生まれの子と同じ月齢で受けたらもっとよかったんじゃないかと思ったりします。娘はアメリカ生まれ育ちなので、IQテストは月齢ベースで計算されていますが、娘の場合、受けた時期によってあまりにも数値が変わるので、大学の心理学と神経科学の教授が1年に一度、いろいろな検査をしています。別に「おかしい」と言うわけではないのですが、こういう子供もいるというデータを残しておきたいのだそうです。

 

先日、ある方のブログを読んでいたら「(発達障害と診断された)子供を『定型』と比べるのはやめましょう」と書いてありました。日本では「定型発達」という言葉が浸透しているようですが、そもそも発達に定型はないと思います。

「〜歳で何ができる」という目安はあるかもしれませんが、それにも個人差があり、何かがゆっくり発達(あるいは上達)していく子供もいるし、ある日突然できるようになる能力と、徐々にできるようになる能力もあります。

 

私はアメリカの大学院で90年代に特別教育を学んだ時、まさに「眼から鱗」のことがたくさんありました。まだ日本ではADDHDや発達障害、発達凹凸などが教育学会レベルでもあまり議論されていない時期でした。学習がうまくできない生徒に「落ちこぼれ」「怠け者」と言った言葉が使われていました。私は大学院に入る前に、児童英語教室をしていたことがあり、子供によって学習への取り組み、同じことをする時の行動パターンはずいぶん違うな〜と思っていました。

 

何かと何かを比べて「違う」「差がある」という評価をすることはよくあることですが、親同士が子供を比べて「ウチの子は、まだこれができない」と悲観的になったり、子供に「他の子はみんなできるのに、どうしてできないの」と言ってしまうのは 子供の成長にとっても親のメンタルヘルスにもよくないと思います。

 

「発達障害は病気ではないので、治療によって治るものではない」と書いてある記事も読みました。何を持って「治る」というかにもよりますが、社会生活を送るために障壁となる何らかの行動が、療育や環境の変化によって「おさまる」というか「なくなる」ことはあります。ただ前にも書いたようにそもそも発達に定型はないので、多くの子供が5歳になるとできることが8歳になってできることもあれば、多くの子供ができない(というか失う)能力を持ち続けていける発達形態もあります。

 

もし子育ての早い時期(就学前)に発達が他の子供と違うと親自身が気づいたり、周りの人や専門家に指摘されたとしても、「他の人と同じように発達しなくてはいけない」という固定観念を捨てれば、子育てはずっと楽になります。

もちろん特別教育の専門家でも「あなたのお子さんは、きっとこうなります。」と断言することはできませんが、少なくとも世界中で様々な研究が続けられてきているので

 

それぞれの特性を活かした教育法

 

があるはずです。私は「早く他の子に追いつく」ことに躍起になって、自分の子供の豊かな感性を潰してしまったかな、と思うことが時々あります。昨日、娘がインスタグラムに乗せていたイラストを見てちょっと安心しました。

 

まだじゅうぶん個性的だわ。

 

 

 

ランキングに参加しています。

クリックしてくださるとうれしいです。

にほんブログ村 子育てブログ バイリンガル育児へ