昨日の記事で「言語は、その言語が使用されている国に行けば、自然と話せるようになる」と考えている人が多いと書きました。
 
実際、私が初めてハワイに留学した80年代には、英語がまったく話せない日本人観光客をあからさまにバカにする自称「ロコ」の日本人がたくさんいました。彼らは、日本できちんと英語を学習したわけではなく、ハワイに移住して「生きた英語」を習得したと信じている人たちでした。
 
当時のハワイのESLには日本からの駐在の奥様、短期語学留学の学生などが多く、他の国からの移民はほとんどいませんでした。せっかくハワイに来ても周りが日本人だと英語の上達が遅くなるのではないかと心配になり、わざわざ日本人がいないような地域に行って、ローカルな友達を作るようにもしていました。
 
私自身も「英語漬けの環境にいれば、英語は自然と上達する」と信じていたので、同じように考える人がいて当然だと思うのですが、その後、大学院でバイリンガル習得を学び、20年以上 研究を続けていると この考えは 言語教育の観点から言うと非常に危険だと思うようになりました。
 
イマージョン教育の場合「言語は道具」ですから、その言語そのものを教えることに重点をおくより、何を教えたいか つまり教科であったり、その教科の内容そのものに重点をおきます。
例えば、わり算を英語で教える場合、まずはわり算に必要な語彙を教えて、その行為(ある数をある数で割る)について説明しなければなりません。
小学校の先生は母語話者に教える場合にも、絵カードなどを使って わり算のコンセプトを視覚的に理解させようと努力していますが、同じように別の言語で教える場合にも、視覚教材は有効になります。
また説明も生徒が知っているであろう語彙や表現を使うことによって、内容の理解がしやすくなります。
 
学習者や保護者が「英語漬けの環境にいれば、英語は自然と上達する」と信じて、わからなくてもひたすら聞いているとだんだんとわかるようになり、その考えが正しかったと思うことは特に問題ないと思います。ただ教育者は英語漬けの環境にいれば、英語は自然と上達する」と考えて、「なんでもいいからひたすら英語を話す」授業をやってしまうことは学習者の効果的な学習機会をうばってしまうことになります。
 
イマージョン教育の先生は「いつ、どこで、どんな言語を使い 何を教えるか」がきちんとわかったうえで、授業をおこなう必要があります。私が見学した数多くのプログラムの中には「これはイマージョンではない!」と言いたいものもかなりありました。「ただひたすらに聞かせる」「英語で一日中、遊んでいる」だけのプログラムを「イマージョン」と呼ぶのはそろそろやめてほしいと思います。

 

(このシリーズは予約投稿です。)

 

 

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