将来的にアメリカでのホームステイを考えている方のために少しでもお役に立てば、と私の経験談を書いています。

私が日本から日本人学生をホームステイ ツアーに引率したのは、もう30年近く前のことなのですが、その後もアメリカの現地(ボストンやロサンゼルスなど)で、ホームステイプログラムと関わってきて今もあまり状況は変わっていないようです。

 

昨日から書いている1993年夏のホームステイプログラムは「ロサンゼルス近郊ツアー」という名称でしたが、滞在地はサンディエゴのミリタリーハウジングでした。地元のコーディネーターをしていた女性は何年も連続して日本人のホームステイプログラムの仕事をしていたそうです。その2年後に日本を訪問してきて東京で会い、私がロサンゼルスに引っ越した年(2001年)にサンディエゴで再会しましたが、その後は連絡が取れなくなってしまいました。

 

私は7年くらい前にアメリカの国防省の仕事をしました。その時、つくづく感じたのはアメリカは軍事国家で、アメリカのエリートはミリタリーの上層部に集結しているのだということです。アメリカ国民の中にはミリタリーに対していい印象を持っていない人もいるし、「不良の集まり」のように言う人もいましたが、それは非常に残念だと思います。

これはサンディエゴの軍港にある像です。私たちがステイしたファミリーはこの軍港に勤めている人たちでした。

 

前回に書いたのですが、このツアーは20人ほどの中高生が参加していたので、コーディネーターはなかなかボランティアの20家庭を見つけられず、何家族かには、お金を払ってホストファミリーになってもらったようでした。はっきりとは覚えていないのですが、ミリタリー関係の家庭が80%くらいで、civilian(一般家庭)が20%くらいだったと思います。ミリタリーハウスはゲートがあり、一般の人は住民と一緒でないと入ることはできませんでした。

今、思い返してみれば、ミリタリーコミュニティで暮らせたのは貴重な体験だったと言えます。

ミリタリーハウスはどの家もかなり大きく日本人の子供をステイさせるのは全然問題ないようでした。お父さんが航海に出ている間はお母さんはワンオペ育児をしていたので日本人の学生を1ヶ月くらい受け入れて、家事を手伝ってもらいながら自分の子供もいろいろなところに遊びに行けるのはいいと考えている人が多かったのではないでしょうか。

 

このツアーは引率者が毎日レポートを書いてツアーの最終日に成田空港で旅行会社の人にコピーを提出することになっていました。

まだメールなどがなかったり、ワープロやパソコンも持ち歩くような時代ではなかったので、ノートに手書きで記録を取っていました。それをアメリカに来る時に持ってきて今も保管しているので読み返すと、驚くほど詳細に記録を取っていました。今のようにiPhoneで写真を撮りまくりSNSに載せられるような時代でなかったからこそ、手書きでこまめに記録していたんだと思います。

 

面白いファミリーがたくさんいて、いろいろな経験をしました。このツアーに参加した当時の高校生とは今もつながっている人がいますが、みんないいお父さん、お母さんになっています。

 

 

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