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日本では教育学部にいても、なかなか専門的に「評価法」を習う機会はないと、以前に聞いたことがあります。
それに、アメリカの大学院で教育学を専攻していた時、日本から来ていた現役の先生たちが「日本にいた頃、あまり理論的に「評価法」学んだ経験がなかったので、自分でテストを作ったり、教材を作った時には、業者のテストを切り貼りしたり、我流で作っていた」と言っている人が多かったです。
今、日本の教育学部の最高峰と見なされる大学の先生方と意見交換をする機会がよくありますが、日本の教育学部は「いかにいい教員を育てるか」までは考えていても「いかにその「いい教員」が効果的に教育をほどこせるか」までは考えていないような気がします。
だからと言って、日本の先生が「正しい評価」ができないというわけではありません。評価法を学んだからといって、正しく評価ができるわけでもないのですが、何も知らずに人を評価するのは教育者としては非常に危険です。
人に何かをさせる(宿題、勉強、テスト)教育者は、そのタスクが何のためになるのかという基本を常に考えて実行しないといけないと思います。
そのような観点から「もっとよく考えて課題を出してほしいな〜」と思うような宿題は自分の子供や生徒にはやらせたくないし、ただただ盲目的に学校や政府が決めたカリキュラムを遂行するのには抵抗があります。「日本」」とアメリカ」という違いで考えたくはないのですが、私の子供の経験から言うと「なんでこれやるの?」的な宿題やテストは、日本語補習校のほうが多かったように思います。
「他人に評価されることが極端に苦手な人」は自分も他人を冷静に評価できないので、先生の中には、親や子供から何かを言われると「文句を言われた」と過剰に反応する人もいますが、教育者は常に広い視野を持って「今、何を教えて、何をやらせるべきか」を考え続け、できるなら生徒(学生)にもその意図がはっきりわかるようにしてあげるべきだと私は考えます。