一昨日、我が子の言語習得の現状について記事を書き、昨日は私が会ったバイリンガル習得者のことについて書いたので、今日は自分のことを振り返ってみようと思います。

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私は子供の時、母が教師だったので「お母さんが先生なんだから、勉強ができて当たり前」のように期待されていたことがありました。

不思議なことに私は「勉強ができる=成績がいい」時期と「勉強ができない=成績がよくない」時期が極端にありました

まず私の「できた時期」は、小学校5〜6年と高校2〜3年(文系科目のみ)と大学院入学後です。

そして私の「できなかった時期」は小学校1〜4年、中学1年〜高校1年 くらいの時です。学校に通っていたほとんどの期間ですね〜。

しかも高校2〜3年を「できた時期」と呼んでいるのは、私の人生の自分比であって、他の人と比較してのことではありません。

 

まず最初の「できた時期」に、なぜ自分が「他の人より『できる』」と思ったかというと、学校で先生が教えてくれることがヒジョウ〜にクリアに理解できたからです。そして全国学力テストのようなものを受けると、上位にランクインしました。それがどうしてなのかを考えてみると2つの要因が考えられます。

1)私は、抽象概念を構築することが他の10−11歳児より優れていた(この時期に、学習内容は抽象的思考を要求する内容に移行します)。

2)私は、その頃、受験を目指していたので、進学予備校で特別な教育を受けていた。

1)が要因であるなら、その後、ずっと抽象概念を学ぶことが得意なはずですが、どうもその可能性は低いです。また2)が要因であるなら、そのような特別な教育を受け続ければずっと学力が伸びたのかもしれませんが、残念ながらそのような機会はありませんでした。

もう一つ、この時期に私の親や先生は、私の左利きを矯正することをあきらめました。小学校4年生の時の担任は、私が左手で字を書いていると頭をひっぱたいたし、親は私に習字を習わせて、何とか右手で書けるようにさせていました。けれど、私はどうしても右利きになれず、この頃から左手で自由に字を書くことを許されました。この「利き手矯正からの解放」が私の脳の発達に何かしらの影響を与えていたのかもしれません。

 

 この画像はwikipediaの左利きのサイトから引用しています。

 

そして高校の後半で「できるようになった」と思っているのは、その頃「勉強をすること自体」が楽しくなったため、勉強を「嫌だ」とか「つまらない」と感じなくなったからです。それでもやっている割には学力テストの成績も偏差値も伸びなかったのですが、自分では非常に満足していました。

このように浮き沈みがある「学習歴」を持つ私は、いつの頃から「学習(Learning)は動機付け(motivation)によって、成果が異なる」と言うことに気づくようになりました。


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