私が小学生の頃、在籍していたクラスは、たまに特別支援学級の子が合流するクラスでした。 なので、世の中には色々な人間が居ると幼心に思い、特に深く考えていなかったように思います。
感情をコントロールする事が苦手な子
知的に遅れている子
ダウン症の子
こだわりが強い子
色々なタイプの子が居て、時にみんなで遊んだり、苦手な事をお手伝いしたり。特に深く考えていませんでした。
小学校四年生の時、クラスメイトに心臓に疾患があり入退院を繰り返している女の子がいました。
このクラスでは、図工の時間に描いた絵を廊下に貼る事が恒例になっており。昔から絵を描く事が大好きだった私は、廊下に貼られる事を目標に頑張って描いていたものです。
廊下に張り出されるのは3人だけ。40人の中からたったの3人。
ある朝、学校に行ってみると数日前に描いた絵が3人分廊下に貼られていました。 そこに私の描いた絵は無く。
心臓が弱いあの子の絵が飾ってありました。
どう見ても、フェアな選ばれ方をしたようには思えず。私は、違和感を強く感じたのを覚えています。
身体が弱かったり、障害があると優遇されるのか…?
大人になればなる程、日本における違和感を痛烈に感じました。その度に、廊下の絵を思い出しました。
芸術を語る時、趣味や主観がつき物なので中々難しいとは思います。でもね、日本って【障害者】と言う前置きが付くと過剰に褒めている気がする。 でも、それって本人に失礼な気がするのは私だけなのかな?
本当に素晴らしい絵や音楽や書や作品って。健常者も障害者も関係無いと思ってます。勿論、何かしらのハンディキャップがありながらの作品制作や演奏。運動もかな。想像を絶する努力と苦労があると思います。
だからこそ。
作者や演奏者に、不当に過剰に障害者だからという理由で支持する事は、相手を時に見下しているようにも見える時があります。
国外だと、圧倒的な感性の作品やパフォーマンス。日本人は何が違うんだろう…
心臓の悪い女の子が言ってました。『私は頑張らなくても選ばれる』と。
今、思い出してもモヤモヤするな。
もし、HANTANが過剰な評価を受けたら訂正か辞退を申し出るな~。そんな程度の低い配慮は要らないもの。
アメリカ人の全盲の画家の絵。宝くじが当たったら本物を買いたいと思いました。オススメです!