「こんなに書けなーい。」
400字詰めの原稿用紙を前に
最近さらに大人びてきた中学生女子は
ほっぺたを膨らませている
読書感想文の宿題
まだ本すら読んでいないのに
彼女にはこの世界が
どう見えているんだろう
仕事を一通り終えた終業前
この時間はもう授業もなくて
電話もメールもやってこない
真面目な社員なら
室内の清掃でもするのだろう
後ろめたさを感じながら
それでも電子漫画のページを捲る
ちょうど塾に通っていたような
中学生の時期に
コンビニで立ち読みした漫画
強烈な一コマだけを覚えていて
大人になってから
改めて読んだその作品の主人公は
奇しくも中学生という設定だった
モラトリアムの埋葬
特にタスクもない夜中の教室
強風に軋む窓
壊れかけたエアコンの叫び声
あの頃はどうだったんだろう
今は雑談できる友達もいなくて
伝えたいことばかり募って
言葉にならないそれらは
言葉にされる時を待っている
この指先や唇や喉から
自分という小さな牢獄の中から
この世界に出力されるのを
ずっとずっと待っている
たった一枚の原稿用紙には
収まらないほどのそれを
誰にも知られることのないそれを
きっと彼女は持たないのだろう
或いは言葉にすることすら
面倒だと思っているのかもしれない
伝えたいことがたくさんあって
言いたい言葉がたくさんあって
読んで欲しい思いが溢れていた
でもダメだった
聞いてくれなかった
誰も知ろうとはしてくれなかった
伝えることで傷つくことも
怖かったんだ
漫画の最後のコマがやってきて
僕の青春も終わりを告げる
PCの電源を落とし
消灯して
その日出たゴミを抱えて
事務所を後にする
風もいつの間にかおとなしくなって
冷たい季節を超えて
生ぬるい春が
優しく僕を抱擁している
それは初恋みたいで
何千年も前から
待っていた春の訪れを
条件反射で喜びながら
綴られない思いを
柔らかな風に乗せていく
ため息をつけば
もう大丈夫だから