「私って宇宙人なんだ。」


夕日を背中に浴びて


彼女の輪郭はまるで


水面のように輝いていた


またくるりと前を向いて歩き出す


その遠心力に揺れる


真っ直ぐに伸びた黒髪は


ふわり浮かんだのち


とても行儀良く


彼女の肩甲骨の上に並んでいる


「ねえ、副会長?」


学生鞄をお尻の前でパタパタさせながら


彼女は先を歩いていく


「カラオケ寄ってかない?」


彼女はそういうとまた振り返って


悪戯な笑みを浮かべる


寂れた駅前の


いつできたかもわからないカラオケ屋


通された部屋は


タバコの匂いが染み付いていて


黒い革のソファーはところどころ


白く剥げていた


半開きのブラインドから


夕闇に沈んだ駅のホームが見える


行ったことのない


多分今後いくこともない接骨院の看板


大事な電話番号のところは


掠れて消えてしまっている


宇宙人さんは


迷うことなく最初の曲を予約した


なんだかとても喧しい曲で


とても澄んでいて


そしてどこか幼いその歌声は


いつもの彼女の話し声と変わらなくて


歪んだギターや爆音のドラムの上


まるでコンクリートジャングルに咲いた


一輪の花のような


そんな歪な尊さがあった


「副会長もなんか入れなよ。」


歌本を押し付けてくる彼女の瞳が


やすっちいミラーボールを反射して


本当に地球の生き物じゃないみたいだ


10年ぶりに帰ってきた故郷の街


そこは全然変化がないようで


その実


色んなものが劣化していた


そもそも人が離れ始めていたここは


今じゃ本当に老人ばかりで


放課後に溜まっていたあの広場も


球技が禁止されてるのに


挙ってボールを持ち寄った公園も


やっぱり全然人気がなくて


秘密基地を作った草っ原も


今では老人ホームになっているというのに


どうして彼女だけが


あの頃の姿のまま


あの制服のまま


あの時恋をしていた


あの表情のまま


この町に存在しているのか


「私って宇宙人なんだ。」


その言葉が


なんだか異様な説得力を持っていた


僕を副会長と呼ぶ10年前の亡霊は


夜になってすっかり暗くなった


このカラオケ屋の片隅で


知らない歌を歌い続けている


「はー。よく歌った。」


結局ほとんどマイクを離さなかった彼女は


楽しかったね、と笑いかける


電車を待つホームには


僕ら以外誰もいなかった


7月末の夜空は曇天で


蝉の鳴く声だけが


遠く鳴り響いていた


消えかけた蛍光灯がチラチラと光る


彼女は目線を動かさないまま


じっと前だけを見ていた


「あの頃は楽しかったね。」


「毎日のようにこんな時間まで残ってさ。」


「生徒会室でずっとおしゃべりばっかで。」


「ね、副会長?」


「そう…だね。」


「最近はどう?」


「普通に働いてるよ。」


「そうなんだ。」


「うん。」


「すごいね。」


「そうかな。」


「そうだよ。副会長は優秀なんだろうなぁ。」


「どうだろう。」


「仕事してたのは君ばかりだったし。」


「会長は遊んでばっかだったからな。」


「ごめんごめん。」


「いいんですよ。それはそれで楽しかった。」


「そうかそうか。」


「…会長は、宇宙人…なんですか。」


「うん。」


「宇宙人…。」


「結構いるんだよ。宇宙人。」


「テレパシーとか…できるんですか。」


「うーん。君とはできないかな。」


電車が近づいてくる


光が彼女を包み込んでいく


彼女はこっちを向いて笑う


「副会長。」


電車の音で声が掻き消えていく


音が空間を支配して


大切な言葉を飲み込んでしまうようだった


「副会長!」


彼女はやはりあの頃のままだった


「大好き!」


特急が通り過ぎた頃には


彼女の姿は消えていて


ただ網膜に焼き付いた光の残像が


ゆらゆらと視界の中で


彼女の形を再現していた