秋雨が洗濯物を濡らしていく

浴室乾燥にしなかったのは間違いだった

雨の降り頻るベランダを

半開きのカーテンから眺めながら

ため息をついた

昼間のワイドショーは

現実味のない話題で持ちきりだ

芸能人の不倫

都内のスイーツ特集

政治家の不祥事

感染症の蔓延

私に関係あるようで関係ない

そんな話題

時刻は13時

息子が帰ってくるのは17時ごろで

夫が帰ってくるのは

いつなんだろう

ここ一年は夜遅くまで帰ってこない

食卓に置いた花は

下を向いたままだ

誰もいない部屋のソファに

沈み込むように眠った

目を覚ますともう15時半だ

洗濯物はもう乾かないなぁ

とりあえず部屋干しに切り替えて

夕飯の買い物へ

今日は出来合いで間に合わせよう

お皿さえ移し替えれば誤魔化しが効く

テキトーに見繕った惣菜を

さらに盛り付ける

きっちり3人分が用意された食卓

一人で座っている私は

寂しい女なのかな

息子は帰り道に食事を済ませて

塾へ行ってしまった

夫もまだ帰ってこない

綺麗にさらに盛り付けられた揚げ物

一人で食べると

いつも以上にたくさん食べてしまう

結局息子の分まで平らげて

テーブルに残った夫の分にラップをかける

どうせ夫は食べやしないけれど

一応そうしておかないと

洗濯物を畳んでいると息子が帰ってきた

息子は何も言わずに風呂場に行って

一瞬でシャワーを済ませて

自室に篭ってしまった

ただいまもおやすみもない

夫は半酩酊で帰ってきて

そのままベッドに倒れ込んだ

この生活はなんなんだろう

私は生活の歯車でしかない

家事ロボットになった私は

それでもやっぱりそうするしかない

酒とタバコと汗の匂いの混じったベッド

その端に忍び寄るように入って

スマホをいじる

イヤホンをすれば寝息は気にならない

もう夫婦の触れ合いもご無沙汰だ

12時を回り

家族が寝静まると私は家を出る

雨は弱くなっていた

約束の場所に行くと彼がいる

真っ暗な住宅街の片隅

そこの唯一の灯りである自販機のそばで

ビニール傘を指していたその人

彼に現金の入った封筒を手渡すと

交換に紙袋を差し出す

紙袋の中身を

私たちは

フラワー

と呼んでいた

読み方はフラワーだが

書く時は

フラワ

になる

これは大麻のことだ

私はパイプに花を入れて

吸い込んだ

なんとも言えない幸福感とともに

世界は色づいていく

もうどうだっていい

雨のぱらつく真っ暗な公園のベンチで

オレンジ色の火がゆらゆらと燃える

ビニール傘の彼は徐に近づいてくる

「梨花さん、これ。」

「なに?」

ラリった二人は不気味な笑みを交わす

彼が渡してきたのはまたも紙袋だ

ただ今度のはやけに重い

「開けてみてください。」

男はニヤニヤしながら言う

紙袋の口は捻るように閉じてあった

それを開くとそこには拳銃があった

「どうしたのこれ。」

「ヤクザもんですからね。」

男は続ける

「拳銃くらい持ってるんですよ。」

「どうして私に?」

「梨花さんにはこれが必要でしょう?」

「いらないよ。」

殺したい人なんていないし、

そう言って男に紙袋を押し付ける

「そうじゃないですよ。」

そういうと男は私の体を抱き寄せる

傘が落ちる

雨はもうほとんど降っていない

あなたに必要なのは

花じゃなくて、コレなんだ

耳元で囁いた男は踵を返して闇に消えた

私は紙袋に入った拳銃を見つめる

なんでこれが

私には必要なんだ

男の真意はわからない

朦朧とした頭で

私はパイプにもう一度口をつけた

胸を透くような秋の香りと

花の煙が体を駆け巡った

私は拳銃を家に持ち帰った

目が覚め、シラフになっても

昨晩の記憶が曖昧に蘇った

男の大きな体のその感覚は

ひょろっとした夫とは全然違っていた

夫はそそくさと家を出ていき

息子も時間通りに学校へ向かった

拳銃は自分の洋服箪笥に入れた

そして結局入れっぱなしのまま

一週間が過ぎた

そしてまた彼と会う

月曜日の夜

厳密には日付が変わって火曜日の夜が

私と彼の約束の時間だった

封筒には1万円が入っている

毎月4万円ほどがフラワに変わっている

正直割高なのはわかっているが

そこにはいろいろと上乗せされたものがある

だから仕方がない

「あ、拳銃。あれどうすればいいの。」

「どうって、そりゃ引き金を引くんですよ。」

「誰に向かってよ。」

そんな人はいないとばかりに笑う

「気に入らない奴にですよ。」

「そんなのいないって。」

花の多幸感に包まれた私は

それでも本心でそう言った

「大丈夫ですよ。あれはお守りです。」

「お守り?護身用ってこと?」

「違いますよ。」

「じゃあどう言うこと?」

「心を、守るんですよ。」

意味がわからないまま彼は続けた

「私はこの街を去ります。最後の花です。」

「え。」

「大丈夫、依存性は強くありません。」

「そうかもしれないけど。急だね。」

「そうです。人生に前触れはない。」

あなたはきっとアレを使いますよ

近いうちに

「それと、もう一つ。」

「なに?」

「最後に、セックス、しましょう。」