世界の喜劇王チャーリー・チャップリン。


チャップリン

彼はイギリスに生まれました。

幼い頃に両親が離婚し、チャップリンは、病気がちの母親に引き取られます。

しかしそこに待っていたのは、貧困を絵に書いたようなひどい生活でした。


チャップリンが、まだ4歳か5歳のときのこと。

深深と雪が降る「クリスマス」。

ケーキもチキンもなく、屋根裏の寒い寒い部屋で、病気の母と1枚の毛布にくるまって凍えていました。


すると、遠くから「鈴の音」が近づいてきます。

救世軍が恵まれない人にスープを配るため、合図で鳴らしていた鈴の音でした。


母親がチャップリンに頼みました。

「チャールズ、ママにスープをもらってきてくれない?」

でも、チャップリンは困りました。

「でも、ぼく靴がないよ。」

母親は、はっと気がつき、涙を流しながら言いました。

「ごめんね、靴もろくに買ってやれなくて・・・・。
そこの棚にママの古い靴があるから、それをはいてお行き。」

チャップリンは、ブカブカの靴を履いて、救世軍のスープを貰うため必死で鈴の音を追って走ったといいます。


その後チャップリンはアメリカに渡り、喜劇役者の道を歩みます。

映画出演のある日、他の俳優がしないような「おかしな格好」をしようと考えていると、衣裳部屋で「山高帽」と「ステッキ」を見つけます。

そしてもう一つ「大きな靴」を見つけました。
その靴を見て、チャップリンはあの幼い頃の「雪のクリスマス」を思い出したといいます。

そのスタイルは、「弱いもの」「貧しいもの」の立場から、社会や政治への不平や不満を表現するチャップリンの「象徴」となっていくのです。



あの雪のクリスマス、救世軍の配るスープを取りに行くための靴がなく、仕方なく病気の母の「大きな靴」を履いて出るしかなかった・・・・
幼い頃の自分のような貧しい生活に、一生懸命に耐えている生きている人たちがたくさんいる・・・・・。
彼らのために、自分はなにか出来ないか・・・・。

チャップリンは大きな靴を履き続けることで「人生に対する勇気と希望」を与え続けていたです。


チャップリンは88歳でこの世を去りました。

その日、家族が寝室へ彼を起こしにいくと、チャップリンは眠ったまま静かに亡くなっていたそうです。

その日は、くしくも1977年の「クリスマス」でした。

クリスマス

チョッちゃんのお話はいかがだったでしょうか?

チョッちゃんと子犬たちは幸せです。
こんなにも優しい飼い主が、彼らと共に暮らしてくれているのですから。

現実は、こんなに幸せな犬たちばかりではありません。

今、この日本では年間40万匹の犬猫が殺処分されています。
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_07070401.htm?from=yoltop

kare

彼らが悲しい運命を辿らなければならなかった原因は・・・・。

多くの場合は、「飼い主の無責任な行動による」と言われております。
http://www.prana-japan.com/d01.htm

人間のパートナーとして共に生きる彼らの涙を見つめてあげたい。

そのためには、飼い方のマニュアル以上に「ペットを飼う心構え」が必要です。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/eisei/d_suteki/suindex.html

彼らもこの地球に生きている大切な友なのだから・・・・。

ゆりりんさんに教えていただいた「インコの手紙」(下の方でムービーが見れます)http://www.funeiro.jp/works/akiba.html#
は、私たちのペットに対する接し方、命の大切さを教えてくれています。

ぜひご覧ください。
皆様ご存知のイタリア・ルネサンスの代表的芸術家レオナルド・ダビンチの壁画「最後の晩餐」が、160億画素という非常に高い解像度の画像でインターネット上で公開されました。
http://www.haltadefinizione.com/en/cenacolo/look.asp


1000万画素のデジタルカメラによる画像の1600倍の鮮明さを素晴らしい音楽と共にお楽しみください(^_-)-☆



<最後の晩餐>
最後の晩餐は15世紀、ミラノにあるサンタマリアデレグラツィエ教会の食堂の壁に描かれたフレスコ画。

キリスト教の聖書に登場するイエス・キリストの最後の日に描かれている最後の晩餐の情景を描いている。

ヨハネによる福音書13章21節より、キリストが12弟子の中の一人が私を裏切る、と予言した時の情景である。

絵はミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院の食堂の壁画として描かれたもので、420 x 910 cm の巨大なものである。

レオナルドは1495年に取りかかり、1498年に完成している。

ほとんどの作品が未完とも言われるレオナルドの絵画の中で、数少ない完成した作品の一つであるが、最も損傷が激しい絵画としても知られている。

また遅筆で有名なレオナルドが3年でこの絵を完成しているのは彼にしては異常に速いペースで作業を行ったと言える。世界遺産に登録されている。

1999年に20年以上にわたる修復作業が完了した。
昨日からの続きです・・・・。




ある朝、チョッちゃんが子犬を一匹連れてきました。
やせ細った母犬とは対照的に、健康的に丸々と太った子犬・・・・。

奥さんはその姿に、改めて母親の愛情の深さを感じました。

手を伸ばし、おずおずと抱き上げても子犬はおとなしいまま。

チョッちゃんも静かに座って、成り行きを見守っています。

その瞬間、奥さんは全てを悟りました。

チョッちゃんは、自分の子供たちを、私たちに託そうとしている。

ずっと食事を世話してくれた人たちなら、安心して子供を預けられる・・・・。
母犬はそう考えたのでしょう。

「わかったわ。確かにお預かりするから、安心してね・・・。」
しゃがみこんで、チョッちゃんに語り掛けました。

「どうぞ、よろしくお願いします。」
チョッちゃんの声が聞こえたような気がしたそうです。

その後、チョッちゃんはさらに2匹の子犬も連れてきました。

ある日、奥さんは意を決して、チョッちゃんに言いました。
「チョッちゃん・・・・あなたも、うちの子になりなさいよ。」



奥さんの家に安住の地を見出したチョッちゃんは、その3年後、永遠の眠りにつきました。

苦しまず、静かに眠るように息を引き取ったそうです。

毎朝、チョッちゃんの散歩相手を楽しんでいた知り合いのご老人が、永眠したチョッちゃんの顔を見て、目を細めてこうおっしゃったそうです。

おお、いい顔しているなあ・・・。
「私は、幸せでした」と顔に書いてある・・・・。

桜の花が風に散るような、いさぎよい最期でした。
桜
今、静かな話題となっている「チョッちゃん」という本を、皆様はご存知でしょうか?
チョッちゃん/石井 宏
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ある朝、1匹の奇妙な犬が庭にやってきました。

やせ細っていて、毛がほとんど抜け落ち、、赤裸・・・・種類も分かりません。

奥さんが差し出した猫の食べ残しを、すごい勢いで平らげ、おかわりも食べつくすと、どこかへ走り去ってしまいました。

翌朝、ドックフードを準備して待っていると、また現われました。
昔は飼い犬だったのか、首には古い首輪がついていました。

”チョッチョッ”と走るので「チョッちゃん」と名づけられたこの雌犬は、それからも朝夕、大量の餌を食べてどこかへ消えていきました。

ところがある日、なぜかチョッちゃんの方から奥さんに、自分についてきて欲しそうな素振りを見せたんです。

チョッちゃんは奥さんを伴って、ある廃屋に入りました。

そこで奥さんは、一生忘れられない光景を目にしたんです。

チョッちゃんが体を波打たせてむせていました。
その口からさっき食べた物がドンドン溢れて、こぼれ落ちていきます。

すると、小さな塊がチョッちゃんの周りに集まってきました。
子犬たちでした。

チョッちゃんはもらった食べ物を、自分では一切食べずに、全部子犬たちに運んでいたのです。

栄養失調でおっぱいが出ない母犬の、命がけの子育て・・・・。
このお話は、今では有名なお医者様になった方の、一番大切な思い出だそうです。

コウヨウ

板橋区の駅そば、ビルの3階に借りた40坪のスペース。
そこが先生の初めての診療所でした。

開業1日目、友人知人から贈られた花束が並ぶ、わずか10人ほどの待合室には、いくら待っても患者さんは現われませんでした。

「そろそろ閉めようか」と、先生が席を立ったそのとき、入り口のドアが開きました。
見れば、ビルの大家のおばあさんが立っていました。

そばには3歳位の女の子が寄り添っています。
両方の手のひらを合わせて、灰色の何かを大切に持っていました。

おばあさんが言いました。
「先生ちょっといいですか?・・・・・。」

女の子を待合室に残し、診察室に入っおばあさんが、小さな声で言いました。
「うちの孫が縁日で買ってきたウサギがね、死んじゃったんですよ。
でも、いくら話しても、孫には”死んじゃった”の意味が分からない。
先生、何とかうまいこと、わからせてやってくださいな」

開業して第1号の患者さんになった「死んだウサギ」
先生の治療が始まりました。

おびえたような目をしている女の子を、診察室に招き入れると、先生はその手から、冷たくなったウサギをそっと受け取りました。

それから、わずかばかりのリンゲル液を注射器にとって、それをウサギに耳に注射しました。

次は、人差し指と中指の二本の指で心臓をマッサージ・・・・。
ウサギの顔へ口を寄せて、人工呼吸の真似もしました。
こんな手当てを5分くらい続けた後、先生は女の子にこう言いました。

「ウサちゃんはもう、ずぅ~っとおネムで、目を覚まさないねえ。
でもウサちゃんは、これからお月様へ行くんだから、会いたいときは、いつでも合えるんだよ。
わかるかい?
無理やり起こしちゃ可愛そうだから、このまま寝かせてあげようね。」

すると女の子は、こっくりと深くうなずいてくれました。

先生の医師としての志が決まったのは、このときだそうです。

人には四つの命がある。

①生まれたときに授かる「肉体の命」
②成長しながら芽生える「心の命」
③世の中に出てからもらう「社会的な命」
④そして、死を迎えてからも、残された者の胸の中でいつまでも生き続ける「四つ目の命」

自分はこの「四つ目の命」を大切に出来る医師になりたい。
例え亡くなったとしても、残された肉親や友達の心の中で、穏やかに優しく生き続ける命を育んで生きたい。

これが医師としての使命と責任なのだ。

それが出来てこそ、本当の医師なのだ。



先生は、この志を抱いて、今日も診察室のドアを開きます。
天使のかいかた (おはなしパレード)/なかがわ ちひろ
¥1,050
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変な題名なので気になってはいたのですが、娘たちに薦められて読んでみました・・・・・。

内容が深い・・・・それが素直な感想です。

著者は、なかがわちひろ(中川千尋)さんhttp://www.yamaneko.org/bookdb/int/cnakagaw.htm
です。


主人公のサチは、天使を見つけます。
天使を「かうこと」を決意します。(^.^)
天使の食べ物は「サチのお話」
それもサチ自身の身近なお話しか、おなかをイッパイにしてくれないんです。

ある日、転校生がやって来ました。
彼女はクラスのみんなから、いじめられてしまいます。
サチは毎日毎日彼女のことを思い、悲しい気持ちになりますが、何も出来ません・・・・・・。


この絵本は、主人公サチを通して、読者に「愛と勇気と自信」を与えてくれます。

ご存知の方もたくさんいらっしゃるとは思いましたが、感動してしまったので、ご紹介させていただきますヽ(^o^)丿
「マリナちゃん、おかえり。今日から一緒に暮らそうね。」

細菌性の髄膜炎にかかってしまった、マリナちゃんは知能障害が残ってしまい、生まれてからすぐの入院を余儀なくされました。

しかし、自宅に帰ってからも、昼夜を問わず、小さなわが子を襲う発作やケイレン。

「マリナちゃんの病気を治したい。」
いつもいつもお父さんとお母さんは考えていました。
ある時、アメリカのグレン・ドーマン博士が考案した「ドーマン法」に出会いました。

薬をやめ、人間の五感を使い、根気よくトレーニングするという「ドーマン法」
ご夫妻はお金を工面しアメリカにも渡りました。

そして、その治療法の一つ「絵本の読み聞かせ」を実践し始めました。
そのときマリナちゃんは4歳になっていました。

普通の子供が当たり前に出来る会話も出来ません。
リズムに乗ることも、「痛い」と叫ぶことも出来ません。

「何も返してくれなくてもいい。」
ご夫妻は、絵がシンプルで分かりやすい絵本を探しては、1日20冊のペースで、マリナちゃんに絵本を読んで聞かせました。

すると、12歳になったばかりのとき、絵本の登場人物になりきってお母さんが「マリナさーん!」と呼びかけると、
「ハーィ・・・」。
かすかではあるものの、マリナちゃんが初めて言葉を発したのです。
それは、生まれて初めて聴いた我が子の言葉でした。
「重い障害が残ります。」と医師に宣告されて、12年後のことでした。

「絶対にいつかは話が出来るようになる。」
その思いを胸に、これまでおよそ1000冊の絵本を読み聞かせてきたご夫妻。

時には、思い通りにならないマリナちゃんを叱ってしまったこともありました。
マリナちゃんのことで頭がいっぱいになり、他の子供たちのことを見失ってしまったこともありました。
そんな21年間の思いや出来事を、いつしか「詩」や「エッセイ」に書き綴るようになりました。

その中の一編の詩。


あなたが何か一つ出来るたび

うぉぉぉーっと大きな声で叫びたくなる

当たり前のことが、奇跡のように思える瞬間

心のそこから喜びが沸き立ち

感謝せずにはいられなくなる

あなたがいるから

かあさんは「幸せのかけら拾い」の名人になれた


マリナちゃんは今、21歳。
昼間は養護施設でクッキーなどを焼いたり、積極的にお手伝いをしているそうです。

ご夫妻の夢は、マリナちゃんのような障害を抱えている人も気軽に入ることができるカフェを作ること。

絵本がイッパイある温かいカフェにしたいそうです。


yuugure

友人が悲しげな顔で出勤してきたので、「どうしたのか」訊いてみました。

彼の話は・・・・

昨日は仕事が早く終わったので、
「今日はパチンコにでも行こう。」
と言うことで、奥さんに電話をかけました。

「今日も残業で遅れるから・・・」とウソをついて。

夜11時ごろ、パチンコに負けてさんざんな気持ちで帰ってくると、
妻から、

「長女が夕方から急に高熱を出して寝ている。」とのこと。

長女が寝ている部屋のドアを静かに開けて、
ベットを覗き込むと、

寝ているはずの娘が上半身を起こし、
元気な声で、

「お父さん、お仕事、遅くまでご苦労様です!!」

高熱で辛い思いをしているのに・・・・・。

私は、自分がなさけなくて、
娘の部屋を出てトイレで大声で泣いてしまいました・・・・・。

こんな自分が、なさけなくて・・・・・なさけなくて・・・・。

あかちゃん
このお話は、ある方の実話に基づいて書かせていただいております。



bara



「僕と結婚してくれませんか?」

彼は唐突に、私の手を握った。

「僕は2度目の結婚だし、子供もいるけれど、僕と結婚してくれませんか?。」

私は小さくうなずいた。

彼には中学3年生になる男の子が一人いた。

家族3人の暮らしが始まって、早くも半年が経った。

けれども彼は、一度も私を「お母さん」と呼んでくれない。



彼はとても嫌がっていたけれど、私は意を決して彼の授業参観に出席した。

彼の友達が「おまえんとこの母さん、若すぎね~」と。

彼は真っ赤な顔して、教室を出て行ってしまった。

「申し訳ないことをしてしまったかな。」と反省した。



その日の夕方、夕食の準備をしていると、メール着信の音が鳴った。

隣の部屋にいる長男からのメールだった。

「授業参観に来てくれてありがとう・・・・かあさん。」

涙が止まらなかった・・・・