タワマンに住んでみたいか

 

本日で東日本大震災から13年が経つのですね。その当時に被害に合われた地域の皆様にお見舞い申し上げるとともに犠牲者の方々に哀悼の意を表します。これからの人生が幸多きものでありますように、どうか心安からんことを

 

この震災が起きた13年前の今日のことは克明に覚えてる。既に出勤していたら雑居ビルに在中の職場はあまり揺れもなく、まったく深刻に捉えていなかった。しばらくあって次々とキャンセルの電話が架かって来はじめ、それに訝しんで待合室へ行ったら、そこでテレビ局各局が臨時ニュースを流していたのを目の当たりにして事の重大さを知ったのだった

 

まだ当時は被害の全貌などが明らかになっていなかったこともあって誰しも楽観的ゆえ「折角だから飲みに行こう!」ということになって三越レストラン街にはじまり行きつけの小料理屋や寿司屋に加えてフレンチや沖縄料理店を絶え間なくハシゴした

 

お酒を飲む人なら分かるよね、あたら時間の感覚がなくなりがちなこと。そうして帰宅したら都心を除いて停電になってたせいで、当時住んでたタワマンを酩酊した状態なのに自力で上がらなくちゃいけなかったんだ。せめてもの救いだったのは中層階だったこと、その後も余震が続いた時は高所恐怖症だから死ぬかと思った

 

私以外の兄弟たちは、皆結婚して漏れなくタワマンを買って、そこへ住んでる。その報告や暮らしぶりを聴くたびに「正気かよ?」って思ってしまうことを許してほしい、あんなの人間の住むところじゃないよ。それは山育ちである私が抱く偏見かと思いきや海育ちの夫も懐疑を抱いてた、要するに田舎育ちには向かないってこと

 

当時は二拠点生活を送っていたゆえ、その後にもう一方の自宅へ戻る際に一日掛けて歩き通したこと。その出立を切った私の背後にディズニー関連ホテルの屋号が物理的に落ちてきたことで危うく死にかけた事実は、こうして生きていればこそいい思い出だよ

 

こうして生き残った以上は、何ら一帯に利益をもたらさない投資用の戸数を抱えがちなタワマンなんかじゃなく、その地域に根ざした生活を送る人々が住まう昔ながらの家処というやつの重要性と意義を訴えて行かないとね。あんなタワマンなんて代物を「建てよう」「造ろう」「住もう」とする人間のいずれにも心なんかないだろうから愚かしく無駄な行いだけどね

 

 

 

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