ふと気が付けば、もう一月も終盤ですかよ。えっ、なんか早…早すぎでは? だって、ついこの間まで「おせち料理の残りをおいしくリメイクしよう」みたいなことばっかりに心を砕いていたのに。何なら、昨年末に搗いたお餅もまだ冷凍庫の中とはいえ「ご健在」なのに。いまだにお屠蘇気分が抜けないな…って、なんか毎年こんなことばっかり書いてないっけ。こうして愚かな人間はさしたる進化など望むべくもなく、あたら年月だけを見送りながら生きて行かざるを得ないのでした。どっとはらい

 

さて、そんな愚かな人間の混沌にある心でさえも奪って、日ごと夜ごとの楽しみとさせる魅力を放って止まないのがオペラです。実際のところ、どんなに少なくとも一日あたり数本観ていることを踏まえれば、おおよそ一月に均せば100作品ほど観賞している計算になるのかな。もっともすべてが初見のそれという日もあれば、今までに観たお気に入りの作品を繰り返し観続ける時も。それらの中から印象に残ったのがこちら;

 

 

 

その脚本も担当したカルロ・ロンバルドと、ヴィルジリオ・ランツァートによる三幕構成のオペレッタ。個人的に題名すら見聞きした経験がなく、あまり日の当たらない作品を取り上げることで知られるマルティナ・フランカ音楽祭で上演された事実を踏まえるに、これは世界中にいる多くの同志達にとって同様だったってことだよね

 

恐らく実際に観劇すればその作り込まれた造形美に溜め息を漏らさざるを得ないであろう舞台上の美術や大道具はこの遠写だ、とても注視することは叶わない。しかし、ほかならぬそれによって、この作品の商業性にほどよい温かみをもたらすという功績を果たしている。今作品には日本から到着したばかりの船が登場する関係から着物姿の女性もお目見えするけれど、どんなに遠目でもこれだけは分かる。これが紋無しの色無地で、あたら正絹どころか紬ですらないってことはね

 

 

 

「ベルカントの大家」として名高いドニゼッティが実在した同名の人物に纏わる悲劇を描いた『マリーノ・ファリエロ』。奇しくも新型コロナ禍にあって不自由でままならない当時の状況に重なるように登場人物達の挙動を制限するような舞台上の設えと、その中にあってさえ如何なく真価を発揮する華美な衣裳が一際に目を引く

 

この世に氾濫するヒーロー物よろしく、そこに悪たる敵あってこそ正義は引き立つ。まるで予期せず音楽という片翼をもがれて、それでもなおイタリアにはいくつも切るべきカードがあり、その中でも同国にとってはファッションこそが最たる文化であると耳許で甘く説き伏せられているかのようだ。そして、それを完全に服従させるクリスチャン・フェデリッチの色気の凄まじいこと。最後にカーテンコールでマスクを外す所作ひとつ取ってさえ固唾を呑んで見守らなくちゃいけないほどに美しくて、そのスター性に屈服せざるを得ないような

 

 

 

ここ最近ではとんと頻度が減ってしまった「劇場へ行く」という選択肢。自分が目下育児中で時間の自由が利かないのもひとつとしてあるけれど、それ以上に以前と比して映像化される作品が多いという事実を前提として、何と言っても読書に興じながらお酒を飲めるから「自宅で観賞」する快適さに味を占めているフシもある

 

まさに対極にある両者の長所だけを集めながら、その狭間で燦然と輝く「劇場からライブストリーム配信」は本当に最高だよ。そして、誰しもというと語弊があるにしても少なくとも私は「オペラを観たい!」と思った時に思い浮かべるのは薄衣に包まれたその身の上を嘆き悲しむ作品ではなく、こういうのだ。即ち、それと心得た人々がきちんと盛装を纏って楽しそうにしている姿をこそ見たいのと同義であると言い換えてもいい。おっと、ちょっと口が過ぎたかな。これも全部シャンパンのせいだ

 

 

 

とはいえ、あらゆる艱難や苦悩に寄り添ってこそのオペラだ。その有史以来ずっと美男美女が恋に焦がれ愛に身を窶す姿を描いては、それと対峙する観客にあらぬ溜め息を漏らさせてきた積み重ねの末に、現在がある

 

その一角を確かに担う『ハンス・ハイリンク』は相当なもので、結局ただの一度も想いを寄せる相手と心通わせることのないまま終幕を迎える。彼が恋い慕うアンナ役に扮するアンナ・カテリーナ・アントナッチは、それも納得せざるを得ない魅力で、我々をタイトルロールと同様に虜にして止まない。この愛くるしい顔を綻ばせたいと思わせるに余りある説得力にあふれてる。ましてや彼女に対して不遇な少年時代を送ったであろうハンスが母性を求めたとして、それは理に適った欲求だと言わざるを得ない。「もっと上演される機会があってもいい良作だな」と思いはあれど、こうまでキャストに恵まれたからこそのジレンマかも

 

 

 

その初演から数百年を経て、近年では上演される機会が増えているヴィヴァルディによる『ジュスティーノ』であっても、もしかしたらライブストリーム配信ははじめてかも。それが初演された当初を思わせるように敢えて古めかしく仕立てた美術や当時と見紛う舞台装置に加え、過度に抑えられた色彩や歌手陣の化粧に至るまで、実に如才がない。それだけでも感嘆すべきなのに、たまに垣間見える現代的なカメラ割やそれらの画角が洗練されていて、単なる舞台上の再現に終わらせない手腕も巧みで鮮やかだ

 

今日のオペラ界では、たとえ貴族だろうが政治だろうが斟酌などお構いなしに、あたら若者達の青春や恋愛などの市井へ引き摺り下ろして主題を矮小化する傾向が顕著にある。しかしながら、その天井を目指した時には、我々小市民が果て知らぬ高みを誇って欲しいという身勝手な請願を受け入れるだけの矜持は持っていて欲しい。そして、それは叶えられたよ。これだからオペラが好きなんだ、どこまで手を伸ばしてもその魅力を掴めないから

 

 

*****

 

 

以上、今月観て印象に残ったオペラでした

 

そういえば、ちょうど4年前の今頃に切迫流産になって仕事を辞めたんだったっけ。そのキッカケになったのは東京芸術劇場へ観に行った『ドン・ジョヴァンニ』だった。既に一晩掛けて煮詰めて仕上がったフィリングをあとは詰めて焼くだけの段階になったら途端に気分が乗らなくて止めてしまうような飽きっぽい人間にとって、ここまで興味が長く続いたのは、もしかしなくてもはじめてのことかもしれない。今日の自分と明日の自分は黒鍵と白鍵ほど連続性がないので、もしかしたら明日には「どうでもいい」って思うかも

 

だけど、そうだとして、いつか必ず戻って来る。別段に根拠と呼べるものはないけれど、なんとなくそんな気がする。そう思わせるに足る名演が揃っていることこそが何よりもその証左なんだし