随分とご無沙汰をしておりました。久し振りにオペラの話題でも。そういえば、表題にあるヨナス・カウフマンのドキュメンタリーを先頃観ました

 

いわゆる撮りおろしと呼べる部分はほぼすべてがヨナス自身の自宅で撮影され、現在の奥様との馴れ初めやその暮らしぶり、彼らと友人たちの間の友情はもちろん幼少期のフィルムやオペラ歌手を志したキッカケなどは、彼のファンには垂涎もの。彼のファンのみならず、いわゆるオペラファンには見どころ満載の内容と言えそう

 

 

 

 

この本編中でも語られているように、かつて数十年前に誰もかれもが「三大テノール」と持て囃した在りし日々はとうに過ぎ去り、今や時代は「帝王」と称されるヨナス一強と考える向きさえ、その趨勢を強めているようだ

 

にも関わらずに、以前と変わらずに謙虚で思慮深い人柄が窺えるいい作品だった。その生活は豪奢にあらず自然体に見え、私たちオペラ歌手の愛好者にとっての理想そのもの。もし彼のファンだったら、この作品の尊さを泣いて崇めただろうことは疑いようがないほど

 

 

 

 

でも、残念ながら、彼のファンではない私にとって印象に残った部分はごくわずかだった。中でも、彼の恩人であるアンジェラ・ゲオルギューとの逸話は興味深い。彼女がかつて無名だったヨナスと共演を熱望し、今日の彼の地位があるのは周知のとおり

 

そんな彼女と『トスカ』において共演した際に、彼が第三幕の聴かせどころである「星は光ぬ」を歌い終わった後に大喝采が沸き起こって、およそ6分にわたって続く拍手を収めるために、再度ヨナスが同じアリアを歌ったところ、その後に現れるはずのトスカが舞台上に姿を見せない

 

彼は仕方なしに"♪ ソプラノが来ないからどうしようもない~"と即興で歌って場を凌いだ。曰く「彼女は出のキッカケを見誤ったんだ」ってことだったけれど、そんなことってある…?

 

 

このドキュメンタリー作品中で最も心に強く訴え掛けた曲があるとしたら、これをおいてほかに選びようがない。すべての中国人は微笑みの下に悲しみを隠しているのだろうか?

 

 

この次にオペラに関してのことを書くとしたら、それはいつのことだろう? 前段で「いわゆるオペラファンには…」とか書いたけど、私自身も今やもうファンじゃない

 

かつてオペラに対して抱いていた情熱は、その片鱗さえもはや残ってもいない。質量を持たないものはその存在性ゆえに消えにくいのに、ここまで跡形もなくなるとは

 

この月末に数か月前から楽しみにしていたバレエ・ガラがあることを考えただけで気が重い。これまでとは別人になったような気すらする。あれだけオペラを愛していた自分はどこにもいなくなってしまった