最近我が子が"クラシックを歌う"ことばかり要求してくる。このさわりだけを知人に話すと大抵は「微笑ましいね」「胎教大成功だね」って反応になるのだけれど、ここで我が子の意味するところの"クラシック"は「ワルキューレの騎行」のみに限定されているので、この展開には大困惑である

 

君がお腹にいる時に聴かせたら、突然動かなくなったやつだよ…。あれは単に聴き入ってただけってこと? っていうか、それ以来まったく聴かなかったのに、今までよく覚えてたね???

 

いかにも「子育てあるある」な成り行きながら、我が子は上記の行動を毎日それも何回も繰り返すものだから、この「聴き慣れた曲に興味ない症候群」を重篤に患っている身としては、たまには目先を変えた曲を口ずさみたくなったりする。ブラ2とか

 

そしたらもうめちゃくちゃ泣き喚いて、その場にあるものを手当たり次第に投げ散らかす始末。ちょっとでも自分が気に入らない曲が流れると大暴れするから、最近ではオペラの観賞数もだいぶ少なくなりました

 

 

そんな中でもどうしたってお気に入りはやっぱり見付かってしまうものだから、今年観たオペラの中で個人的に好ましい作品5選を貼付します(順不同)。

 

 

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いわゆるセリアよりブッファの方が好き。だって人生なんてつらいことばかりなんだから、せめて創作物に触れている時くらいは心を楽しく躍らせたいもの。そうした理由に加え、今年が生誕230周年に当たることからロッシーニ作品は例年になくよく観賞した。なにせ作品数が多いので、その意匠のなかばがせいぜいという立場で烏滸がましくも語るとするなら、やっぱり詩的な雰囲気とおかしみのバランスが程よい『ラ・チェネレントラ』がお気に入り

 

このプロダクションでは(ドイツの歌劇場によるイタリアのオペラなのに)なぜか舞台がイギリスに設定されていて、しかもそれが作品の持つ世界観と絶妙な合致を見せている。誰しも映像映えする面子を揃えているといった印象の主演陣の中でも、特にタイトルロールを務めるウクライナ出身でこれまでに来日経験も持つレナ・ベルキナの夢見るような容姿と歌声にはうっとりさせられることしきり。あまりテノールというか男声による独唱にそもそも興味が湧きにくい方ながら、この第2幕のラミロ王子のアリアは何度も聴きたい魅力に抗いきれないって認めるよ。これまでで一番の『ラ・チェネレントラ』だってことも

 

本作の上演は2019年、このシーズンはガージントン・オペラにとってレオナルド・イングラムによる創設から30周年の節目でもあった。もっともその開演から20年以上にわたって親しまれたイングラム所有のマナーハウスが所在するガージントンを離れて、現在では石油王として名を馳せたゲティ家に縁の土地であるバッキンガムシャーで開催されているので、かつて練馬区にあったのに「としまえん」と名乗った遊園地みたいなことになっていたりする

 

かつてと同様に現在でも毎夏ごとの祭宴のために設置しては季節が過ぎ去ると解体されるあずま屋は特徴的な形状をしていて、このプロダクションではそれを逆手に取ってなお余すところなく生かしている。そればかりでなく、この作品の舞台である「チェコの田舎村」と好相性なためか台本の持つポテンシャルを最大限に引き出してさえいる。だからこそ好きにならずにいられないんだ、このオペラ祭と作品の両方をね。個人的には、この記事に挙げた5作品の中で、最も「オペラ初心者ほいほい」に仕上がっていると思う

 

確かに言ったよ、「オペラならブッファが好き」って。それでもごくたまには圧倒的な偉大さを前に屈服させられてしまう場合があるんだ、今年はこれがそうだった。今夏ローマ歌劇場が『エルナーニ』をストリーミング中継した時には、先述したような理由で観賞しなかった。今ではそのことを後悔してるし、もしタイムマシンがあるなら時を戻してしまいたいくらいだ。でも、そんなことをしなくてもオペラヴィジョン(オペラ専門とした映像の配信やストリーミング中継を主業とするメディア会社)が来年頭まで限定でYouTube上に公開してくれてるよ、やったね! 改めていい時代になったものだね

 

現在では主役がテノール、相手役をソプラノが演じ、それに横恋慕を入れるのがバリトンという形式が定着していて、その先駆けとも言われている同作。一般的に「魔性の女」なんて称されるカルメンよりも余程に周囲の男を惑わすエルヴィーラ役のアンジェラ・ミードはさすがに説得力のある歌唱でこの難役に当たってる。しかし、いつ観てもとんでもない脚本だな…

 

いわゆる諦めが悪い質のオタクなので、現在でも毎日「推し」ことマリウシュ・クヴィエチェンのことを考えて止まない日々を送ってる。そうしたら突然Youtubeさんからのおすすめに上がってきたのがこの動画だった。以前の記事でも書いたように、彼が『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールをはじめて歌ったのは来日二度目だった2002年のこと。それを皮切りにして世界各都市で同役を演じる中で、確かにスペインではビルバオやサンタンデールの舞台にも立っているようだ(ただし、それが同プロダクションなのかは不詳)

 

なにかと謎の多い動画だけれど、こうして聴いてみるだにマリウシュ本人に間違いなく、久し振りに邂逅する「推し」の在りし日の姿に驚いて涙さえ出てきた。そのカーテンコールで見せる立ち姿はよく見慣れたそれだ。なのに、彼自身が語っているように、この時期の同役に対するアプローチは引退前のそれとは違う。いわんや煌めいていて若々しくて…どうして彼のことをこんなに礼賛していたかを思い出したよ、今は本当にいい時代だ

 

そして、先日はこれを観てきました。およそ120年前にオレーフィチェによって手掛けられミラノで初演されたオペラは(開演前のプレトークでも語られていたように)、全編にわたってショパンの名曲が余すところなく生かされ、彼自身のオリジナルと呼べる旋律は一小節たりともないほど。それだけに「ピアノの詩人」のファンならずとも聴きごたえに充足を感じること請け合いだ。さまざまな意見はあるだろうけれど、この作品を上演してくれた試みに対しては感謝の意を示すほかない。先述のふたつ名をこれ以上なく活かすピアノトリオ編成に組み替えていたのもよかったし、ここを読む限りではただの人間であったはずのステッラ(モデルは初恋の相手コンスタンツィアかな?)を超自然的な存在に捉え直していたのもよかった。個人的に讃辞を送りたいのは修道士役の田中大揮さんで、もし彼がいなければ舞台中央に設えられたすべての鍵盤が抜けて頽れたピアノが「生と隣合わせの死(または死と隣合わせの生)」の象徴だとは気付けなかっただろう

 

余談として、この日全席完売の客席を埋め尽くした600余席の観客たちの中で、私ほど帝政ロシアに侵略され蹂躙され弄ばれるポーランドの気持ちが分かった者もなかっただろう。隣席の方が推定500ポンドはあろうかという大変な巨漢で、全幕を観終わった頃にはその汗で冗談じゃなく左半身のモスグリーンはビリジアンになってた。まさか出産後はじめてのオペラ観賞がこれとは…めっちゃウケるな。今後はこれを酒宴のツカミに使っていくことにするよ。とはいえ、もし出来ることなら250ポンド以上ある方は2席押さえるのが望ましいと思うよ。あと、それ以前に「これ指揮者とかいらなくね」なんて仰りようはどうかな、それはただあなたにハマらなかっただけのこと。そう思うならただ黙って死ぬかそうでなければ去りゆくのが我々老いさらばえた者の務めだわ

 

 

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我が子を妊娠してから長らく更新できてなかった音楽資料室の入館証を新しくできたし、この季節の上野から後楽園まで歩けなかったとはいえ、その分あまり馴染みのない駅ビル内を堪能できたのはよかった

 

もし年内に記事を書くとしたら「今年のベストバイとワーストバイ」でも