「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、今年もふと気が付けばもう残りわずか。普く人々の平和に対する願いを裏切るかのごとく深刻化の一途をたどる世界情勢を目の当たりにしながら、それぞれの劇団やその舞台を支えるあらゆる人々もさまざまな胸臆を抱いていたことと思う。それを印象付ける彙報もままあり、その中にはまだ記憶に新しいものも

 

既に周知の事柄や驚愕の新事実などオペラ界隈もまたあらゆる類の話題に事欠かなかった。ここでは独断と偏見で選り抜いたそれらのいくつかに焦点を当てながら、今年起きた主要な出来事について振り返ってみたい

 

 

 

1月

グラインドボーンがツアー中止を発表

既に昨年11月に伝えられた既報どおりにイングランド芸術評議会はこれまで支援していた団体の一部に対する大幅な予算の削減を発表していて、その中には毎年の恒例行事としてグラインドボーンが行ってきたツアー事業も含まれていた。この決定によって、昨年まで54年間にわたって続いてきた伝統には一旦幕が降ろされることに。このほかに助成金が打ち切られた団体として英国国立劇場など。なお、同名を冠した音楽祭とその他の公演については、今後もキャンセルの予定はないという

 

2月

トム・ジョーンズの「デライラ」が事実上の発禁に

ウェールズ・ラグビー協会は2015年のテストマッチにおけるハーフタイムのプレイリストからトム・ジョーンズの「デライラ」を削除しているが、その方針が一層強まったと言える。これを受けて私設の応援団などが同曲を歌うことも出来なくなったことから事実上の発禁処分扱いと見られる。いわゆる「彼女の浮気を疑った男による情愛のもつれ」を歌った内容に対する姿勢は賛否を集め、あたらオペラ界隈にまで波及する羽目に。これについて有識者は「そうした手段を正当化させない表現が必要」だと提言している

 

3月

ROHが『トゥーランドット』の配役に関する人種問題で告発される

今シーズンの同作における主要歌手陣9人中アジア系は2人。いずれも韓国出身で、在英国アジア人演奏家支援団体はこれを不服とした声明を発表した。近年主に映画や舞台など表立った産業で繰り返し俎上に載せられてきた所謂"ホワイトウォッシング"に連なる問題として話題に。これに対してROH(ロイヤル・オペラ・ハウス)は遺憾を表明、「配役の基準を民族性のみに依拠することは適切ではない」としている。個人的にはこれに同意、そもそも原作も作曲も西洋人によるのだから

 

4月

パッパーノ、「戴冠式の拝命は容易ならず」

昨年のエリザベス2世崩御を受けて新国王となったチャールズ3世。その戴冠式に際して自ら選定する曲の指揮者としてパッパーノが指名され意気込みを語った;「新たな君主は音楽の力を信じ、それによって英国がどうあるべきかを示している」「そうした機会に立ち遭うことは容易ではないが楽しい作業だ」。現在ROHの音楽監督を務めているパッパーノは来年の来日ツアーを以て同職を退任し、来秋からロンドン交響楽団の首席指揮者として就任することが伝えられている

 

5月

英国国立劇場が移転先候補として5都市を公表

前述したように同劇場はこれまで享受していた助成金を大幅に打ち切られることが決定したものの、もし条件さえ整えば追加支援金を受ける道も用意されているという。その「条件」とは、今日の劇場本拠地を他都市に移動させること。このたび移転先の候補地として挙げられたのは、いずれも国際的知名度の高いバーミンガム、ブリストル、マンチェスター、リバプール、ノッティンガムの5都市で、その選定方法にオペラはまるで介在しないまま、最有力としてマンチェスターが抜き出された模様

 

6月

数々のオペラを手掛けた作曲家のカイヤ・サーリアホが逝去

数年前のコロナ禍の折に癌と診断されていたものの公表を伏せていた。いずれもオペラの代表作として『彼方からの愛』『アドリアーナ・マーテル』『シモーヌの受難』など。はじめての女性作曲家として喝采を受けたエセル・スマイスの誕生から、実に一世紀以上の時を経てメトロポリタン歌劇場で作品が上演された史上2人目の女性作曲家として著名。ただし、本人は「女流」と冠されることを戸惑っていた旨を彼女の作品を多く手掛けた名匠ピーター・セラーズは生前に語っていたという。享年70

 

7月

『オッペンハイマー』封切りに際してMETが同題材オペラを無料で公開

今夏に公開されるや否や『バービー』と並んで合衆国を席巻し、現時点においてアカデミー賞候補の最有力と謳われる同作。その追い風となるべく当月METは、同じくオッペンハイマーを主役に据えたオペラ『ドクター・アトミック』を無料で公開する旨を明らかにした。その題名のとおりに世界初の原子爆弾の生みの親であるロバート・オッペンハイマーに焦点を当てた作品となっている。今回無料公開されたのは2008年版で、この作品の初演でタイトルロールを務めたジェラルド・フィンリーが引き続きその任に当たっている

 

8月

アンナ・ネトレプコがメトロポリタン歌劇場(MET)を訴える

METとピーター・ゲルブ総裁の双方を相手取り36万ドルの損害賠償請求を訴えている。このロシア出身の国際的歌手はプーチン大統領の熱烈な支持者として知られており、そのため両者の関係性をめぐってはこれまでにもたびたび問題視されてきた。同歌劇場と総裁は「ウクライナ侵攻とプーチン大統領に対する非難」を彼女へ求めていたものの、現在のところ後者については言及されていない。昨年末から今年未明にかけて、A.ネトレプコは米国音楽芸術家協会を通じて別の訴状も提出していた

 

9月

ベルリン国立歌劇場、アンナ・ネトレプコの「出禁」を解除へ

同劇場はロシア出身でオーストリア国籍も保持するアンナ・ネトレプコについて声明を発表し、先般まで事実上中止していた同歌手に対する出演依頼を今季については取り下げないことを発表した。これに対し、ロシアのウクライナ侵攻を非難するデモの参加者たちは全4公演のキャンセルを求める嘆願書として学界および政界人や文化人ら100人超を含む約4万人の署名を集め、この決定に抗議。この事実を受け、彼女は自身のインスタグラムで抗議者たちを侮蔑する表現を使用して非難している

 

10月

ズービン・メータ逝去のニュースが流れるも本人はいたって健在

突然Xにポストされたそのデマはロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団とそっくりの偽アカウントから発信されたことによって、我々クラシック愛聴者を大いに不安がらせた。もっともすぐに公式から否定されたことで、「彼の名盤の中から一体どれを哀悼の一枚として選り抜くべきか」という私達の懸念は杞憂に終わった。この一連の騒動をメータ本人は「大変面白がって」おり、フィレンツェ歌劇場によればそれを聞いて大笑いしていたという

 

11月

メトロポリタン歌劇場の公演が環境活動家によって中断される

同歌劇場にとっては再演となる『タンホイザー』のソワレ公演において、その騒動は2度にわたって起きた。今公演がMETでの初舞台となるクリスティアン・ゲルハーヘルが第二幕のアリアを歌い上げている最中に活動家が闖入。観客のブーイングを受けて幕が降ろされ、一旦は演奏が再開されたものの、さらなる抗議によってまたも中断。その後ゲルブ総裁の判断によって舞台上の照明を25%に絞ることで公演は再び再開する運びに至ったが、同騒動による進行の遅れで終演は深夜となった

 

12月

イタリアオペラがユネスコ無形文化遺産に登録される

国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、従来のイタリアオペラにおける歌唱法のひとつで、私達オペラ愛好家にとっても馴染み深い「ベルカント(唱法)」を無形文化遺産に登録する決定を下した。その歴史はルネサンス期と古く、いかにも複雑な台本やそれを緻密に計算して魅せる演出、さらに言うまでもなく名歌手の登場のすべてはメディチ家の支援によって実現したもの。既にイタリアにおいて登録されている文化としてはピザづくりなど。同国文化大臣は「この素晴らしい評価を誇りに思う」と歓びを語っている

 

 

 

今年はじめからコツコツ書き溜めていた記事だけれど、それだけに我ながら内容の偏りが酷いな…。個人的には、今年は一家全員が新型コロナ感染して、さらに乙甲して祖母が入院、さらには私自身も救急搬送からの入院と話題に事欠かなかった。しかも、現在も私と我が子はインフルエンザ陽性っていう。あまりにも次々に身の上に降り落ちるものだから、私達みたいに飽き性の人間には好都合かもね

 

もし生きていられたらその時は、来年のニュース振り返りはもっとうまくやることにするね!