最近になって、突然にオペラをこよなく愛するようになった。これまでの人生の中で何度もオペラを観る機会に恵まれながら、それを穿って来たっていうのに

 

 

私にとってオペラっていうのは序曲がすべてで、その内容に惹かれたことなんてなかった

 

「だって、話の筋がくだらくない?  あと、日本人が好きっていうアリアは軒並み受け付けない」

 

そうずっと思っていたのに、ある日それが変わってしまった。その理由はこの人にあって、

 

 

そう、彼に夢中だから。私はこの人のことを長らく知っていた。「洋の東西を問わず、現代音楽界が望み得る最高のドン・ジョヴァンニ」として。とはいえ、彼のことを特別だと感じたことはなかった

 

 

多くの人々にとってそうであるように、私にとってもまた「ドン・ジョヴァンニ」という演目は、数多あるオペラ作品の中で数少ないお気に入りのひとつだった

 

この作品の素晴らしい点は、その枚挙に暇がないけれど、確実に言えることとしては;

 

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①(こうしてしたためるまでもなく、)モーツァルトの最盛期に作曲されたとあって、音楽が素晴らしい

②いわゆる「ドラマ・ジョコーゾ」の代表的な作品であることから、常に悲劇と喜劇の背面性を併せて楽しめる

③観客を約3時間にわたって引きつけるような成熟性を保ちながら、どこか妄想を膨らませ得る余白を孕む

④ほかのオペラ作品に比べて、その時々の世相を反映させやすい

⑤以上のことから、その時代や地域ごとの演出家や演者によって明確な相違が感じることができる

 

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といったところで、「これまでにオペラを観たことがない」という人にとってもとっつきやすい内容になっている。実際に「この作品からオペラにハマりました!」という意見はけだしインターネット上にもたびたび散見される

 

 

しかしながら、私はこれまで①~④の可能性は認めても⑤のそれに対しては懐疑的でいた

 

私にとってのドン・ジョヴァンニは、もう長らくにわたって、テディ・タフ・ローズやイルデブランド・ダルカンジェロのような雄々しく野性味あふれるタイプの歌手で、

それは私の個人的な意思や性的な嗜好に関わることなく誰にとってもそうなるはずで、そこに一切の疑問を抱いたことさえなかった

 

 

ドン・ジョヴァンニは、すべからく観客にとっての「理想の人」

 

そうでなければ、この世界中の女性(※その数は5か国各地の2,061人にも上る)を意のままにし、あれほどまでに男性から慕われ、時にその嫉妬を買うことに対する説明がつかない。そうなると、どうしても逆説的に精悍な面持ちや積極性ある振る舞いが求められることになる。その点において、どうしてもマリウシュ・クヴィエチェンでは説得力に欠けるような気がしたのだ

 

 

このインタビュー映像を観終わった瞬間に、私の中の何かは崩壊した。それまで見えているのとまったく違う世界が見え、この世で誰も嗅いだことがないような芳香を嗅ぎ、これまで聴いていたアリアをまるで異世界のもののように聴いた。この世のすべてのものがはじめて触れるようそれであるかのだった

 

 

「ドン・ジョヴァンニは孤独な人」

 

そうした解釈自体は、とりわけ斬新なものでもないことはよく分かっていた。この役を代表作としているアーウィン・シュロットやユージン・ペリーもそうした意図を持っていたことを語ったようだし、数々の指揮者並びに演出家の中でこの旗幟を支持する勢力は決して少なくはないからだ

 

そうであるにも関わらず、この解釈と演技性が一致したのを認めたのは、彼の歌声を思い出したあの時ただ一度きりだった。既に30余年を生きている私にとっても、あれほどに稀有な瞬間はない。まさに「腑に落ちる」という言葉を身をもって体験させられたのだった。それも否応なしに

 

 

彼の顔立ちやそれを含めた外貌を好きになったわけじゃない。この人が美しいことは認めるし、それこそが今日のオペラ界において彼をスターたらしめる要素であることも分かってはいる

 

 

それに、その声に対する感慨があるというのとも違う。そもそもがどちらかといえば楽譜至上主義であるから、その演奏者や歌い手ごとの個性というものを尊重するきらいがない。つまりは「〇〇よりは××の方がいいかな」というような、せいぜい相対的な評価が下ればいい方で、それさえもその時々の自分が置かれている状況やそれによる心持ちに左右される、ひどく不誠実で曖昧なものだ

 

 

私が彼を愛して止まないのは、ひたすらにその演技性によるところが大きい。これまでに、彼ほどひとつひとつの所作に執心し、それを終始にわたって徹底したドン・ジョヴァンニが存在しただろうか?

 

 

飛ばせてもスゴい彼!

 

昔から俳優や作曲家を好きになるのは理論的な理由によるところが大きかった。「また日本に来てくれたら、その時は絶対に!」と思っていたのに、今度の来日はなんと出産予定日の2週間前…。とりあえず今は胎教がてら、毎日MET-HDとB.R.&DVDで乗り切っております