今年は、ここ数年に類を見ないほどに多くのオペラを観た。我が子が幼稚園に上がって自分の時間を持ちやすくなったことがその主因で、突然にポッカリと空いて持て余した暇を埋めるために、ほとんど狂ったようにオペラばかりを観続けた。また、我が子を妊娠して切迫流産のキッカケとなった劇場通いも徐々にその足が戻ってきた

 

…とはいえ、残念ながら、個人的な「輝き」(以前の推しが口癖のようによく言っていたところの"Sparckle")をそれらの中には見い出せなかった。それ以上に、何よりも映像が充実してたので、特に印象に残った作品を振り返ってみたい(※ 既出は避ける)

 

 

現在のようにオペラを愛する以前から観続けてきた『カルメン』。この演出では、主人公であるホセにとってはカルメンこそが自然体としてくつろげる相手で、彼の故郷の象徴であるミカエラには厳格な役割を振っているのが興味深い。そうした演出の意図を汲み取って否応なく活かし得る歌手人の演技力の巧みなこと! そして、ここでメルセデスを演じるセレナ・サエンスの美しさよ…

 

同じくフラスキータに扮するアリョーナ・アブラモバは、数年前の結婚を機に歌手としての活動を更新していないようだ。そうだよね、私がご夫君でも「絶対に俗世間に出さん!!!」ってなるだろうな…。個人的にはドン・ホセとの対比もあってエスカミリオにはこれくらいの偽悪振りが望ましいと思うんだ、その方がカルメンに対する愛情も引き立つから

 

新型コロナウィルス流行の数年前から、特に活躍振り目まぐるしいナフエル・ディ・ピエロ。その顔立ちから個人的に「オペラ界のガエル・ガルシア」と勝手に目していたものの、その演技メソッドや両業界における立ち位置はほとんど両極にあると言っていいようだ。私がもしエージェントなら『ドン・ジョヴァンニ』について彼自身の魅力を最大限に引き出し得るうってつけの素材として、彼によりリリカルでアジタートが際立つようなアプローチを要求して「オム・ファタル」を生み出そうとしたと思う

 

そうした無駄な働きの介在がなかったから、彼は今日かくて"英雄"たりえたのだ。その茶目っ気ある外貌とちぐはぐな高潔を目指すような演技性が好きだよ。これは家族で観ても楽しめること請け合いの一作

 

まだMET on Demand会員になって間もなくの頃に「全編英語詞って…」と辟易して観るのを止めたけれど、そのことを今となっては後悔せざるを得ない。それほどに非の打ち所がない作品で、今年最も観た作品といっても過言じゃない。この品位を保ちながらも底抜けの楽しさを保証する作品の水準を支えているのは、同劇場の新旧の女神と呼んで崇めるべきルネ・フレミングとケリー・オハラだ。今作の案内役はJ.ディドナート。こうした大劇場のスケジュールは大概5〜10年前には決まるので、この時には既に『めぐりあう時間たち』での共演を見据えていたのだろう

 

ここでサン=ブリオッシュを演じるAlexander Lewisの顔が好き過ぎて、来年も繰り返し観ちゃいそう。それどころか再来年も観ちゃいそうだし、何なら最晩年にもそんなことを言ってるだろうな

 

序曲からカーテンコールに至るまで、何もかもが衝撃的だったローマ歌劇場の新制作の『メフィストフェレ』。実はこれまでに同作品を観たことがなかったので、その衝撃値たるや凄まじいものがあった。これは…恐らくオペラを長年観続けてきた愛好家の心にも、はじめて観る初心者のそれにも同じような差し響き方をするのじゃないかな。そして、それこそがオペラ製作者冥利の極み、芸術家にとっての本懐なのではないかとも。そうした点において本作ほど素晴らしい高みをほかに知らない

 

ここでファウスト役に扮するジョシュア・ゲレーロは、この前後に出演した『三部作』も『マノン・レスコー』もよかった。常に安定した演技の彼は合衆国出身にも関わらず意外なことにまだMETには出演していないようだから、来るべきその日を固唾を呑んで見守りたい

 

「オペラ歌手とは孤独なものだ」と、以前の推しはかつて語っていた。確かに、一般の勤め人とは勤務帯や形態についても理解し合い難いだろうし、何せ旅が多い。そして、それはあたら現在まで不変であるようだ。今なお伝説の歌姫として名を残すマリア・カラス、その死は真相に不詳点も多いらしく逝去時にはさまざまな憶測やそれに纏わる議論を巻き起こしたのだとか。そこに着想を得て、生前の彼女の代名詞とも呼ぶべきアリアと共に流れる映像によって輝かしい軌跡を振り返りつつ、その死因の真に迫る。…というのが本作の大筋ではあるのだが、有り体に言えば出来の良い同人である。しかし、あまりにも出来が良い

 

ただ、もし私の推しがこうした題材になったら、私はどう思うだろう。ただこれだけは言える。彼女は死んだのではない、これらの役柄の中で紛れもなく生きたのだ

 

 

これから推しによる出演作のライブ・ストリーミング配信が待っているのに、今年の総決算を早晩にも済ませてしまった。そのことを後悔し得るような素晴らしい出来栄えが待っていることを願うばかりだ