4日から8日までパラオに出張し、1歳児の孫の誕生日の宴席を挟み、14日から19日まで孫息子との近畿旅。たぶん、生まれて77年間で最もハードな夏休みだったと思います。
前者は不眠に悩み、後者はあまり不眠はなかったのですが、最後の船の中は少年と完全個室の作りで、最初のうちは彼が10回くらい訪ねてきたのだけれど、瀬戸内海で3つあるうちの最初の橋を通り抜けそれを見てから音沙汰なくなって、それからしばらくは不安で眠れなくなり喉も痛くなり、これは体を壊したなと思った3時頃から集中的に3時間眠れ、「あれ?大丈夫か?」とまあ、そんな感じでした。家に帰り着いて、荷解きもせずにシャワーを浴びて3時間寝て起きたら「あれ?大丈夫か?」とまあ今はそんな感じです。
最初からいろいろあった旅でした。行きの船では、正体不明の尻だし女を目撃し、近鉄旅のスタートで人身事故で午前中の予定がすべてキャンセルされ、しかし、少年が「人身事故だから仕方ないね」とあっさりあきらめたのが収穫で、その夜泊まったホテルの近くは外国人だらけで、やはりそれは楽しいことではなくて、「いやだなあ、しかし、来た外国人のせいにしてははいけないなあ」と自分に言い聞かせ、そんなにお利口な自分を演出したのに、チェックアウトの時にカードを返そうとしたら、フロント嬢が何も言わず近くにあるカードを入れるための箱を顎で指し示したのに切れてしまったけれど、そのまま我慢したのに、いま帰り着いたら、そのホテルの近辺で大きな火事があって、消防士の方も犠牲になったという不幸なニュースを聞いても、そのフロント嬢の顔を思い出すという体たらくでした。
ともあれ、感じたのは、「近鉄はすごいなあ。西鉄もっと頑張れよ」「関西の駅のごみ対策はしっかり客の方を向いているなあ、福岡の駅もっと頑張れよ」ということと、少年の頭の回転の速さと歴史の知識では、すでに負けているなあという嬉しいような悔しいような感じでした。
しばらく休んで、パラオの最終報告書を作り、それを最期にごみ対策の仕事を辞めることにします。