朝4時に目が覚めて、布団の中で山口瞳の随筆を読んでいたら、「氷水を飲む」という言葉が出てきて、母親を思い出しました。
子供の頃、「かき氷」のことを「氷水」と言っていました。氷の浮かんだ水ではなくて、かき氷と同じ、言ってみれば安手のフラッペのことを「氷水」といっていました。
母親がよく「氷水飲もうか」と言っていた、その表情まで思い出しました。
「氷水」か「かき氷」か、というのは地域の違いではなくて時代の違いなのではないだろうか。なんだか、昭和の匂いがします。それも、1960年代、高度経済成長期の匂いです。
「氷水」という言葉には風情があるなあと思います。
「もともと水なんだけど、でも実際は氷だし・・・」
という戸惑いがあるような。
たしかに、平成の人がいうように、見た目も製造方法も、「かき氷」の方が正しい。しかし、それじゃあ、「そのまんま」じゃあないか。
「氷水」は飲むというけれど、「かき氷」は食べるという。
たしかに、平成の人がいうように、食べ始めは「食べる」が正しい、しかし、食べ終わりは「飲む」というべきではないか。
すっかり、昭和世代を代表して、いじけてみた、朝6時でした。