現在の住まいを選んだとき、「将来土地代が値上がりするところ」ということだけを条件に探してもらいました。それは結果的に無残なことになったのですが、それはともかく、私にとっては、この地はただ単に家族と住むだけのところだったので、いまだにこの地域の地図がほとんど頭に入っていないのですが、子供たちはよく知っています。あの路地は行き止まりなのだとか、こっちが近道なのだとか。
つまり、彼らにとって、この地が故郷なのですね。
家だけがたくさんあって、小さな公園が所どころに、取ってつけたように据えられていて、味もそっけもない場所なのですが、彼らの故郷ではあるわけです。
「陸の孤島」だった地を故郷に持っている私としては、自分の子供にこの地を故郷として与えてしまったことがいいことだったのだろうかとよく思います。
もちろん子供たちは故郷を選べなかったし、私自身もこれ以外のよりよいと思われる故郷を提供する余地はなかったのですが、どんな故郷を与えるかということは、もう少し真剣に考えてもよかったような気がしています。
川崎の少年たちの事件を考えるとき、特にそんなことを考えます。