うつの功名、不安の功名 | 臨床心理士の今日の一言

臨床心理士の今日の一言

~パークサイド広尾レディスクリニックのカウンセラーより~

ことわざには、深い真実をついているものが本当に多いと思います。

ある別の相談所で聞いたケースの話しです。
プライバシーを配慮し個人が特定できないように改変してあります。

40代の男性のケースです。



30代の中頃に自分が担当していた仕事が失敗し、相手先の会社から訴え

られました。
このことがきっかけで、この男性は10年以上にも及ぶうつ病を抱えるよ

うになりました。

その会社には居られなくなり、すぐに退職しました。


その後の会社も、職場の人間関係が上手く行かなくなり、ストレスが起きるとうつ症状が強くなり、数年の内に3社も転職してしまったとのこと。

ようやく転職した4社目でも、上司とうまが合わず、ストレスが強くなりました。
寝れば「その上司から殺される」という悪夢で目を覚まし、休んだ気が
しません。



この方は有能で、仕事にはかなり自信のあった方で、それまでいけいけどんどんという感じでやっておられたそうです。
それが、今では会社に行くといやなことが起こるのではないかと不安に
なり、会社に向かう足が止まってしまうほどになりました。
会社についても、何か悪いことが起こるのではないか、と思いビクビク
する毎日。
こうした苦しさから、あるとき出社できなくなり、しばらく自宅療養す
ることになります。



すっかり休んで家にいるうちは元気になったので、職場復帰のためにカウンセリングを受けることになりました。
うつ病には認知行動療法というカウンセリングが有効ということ
で、その相談所のカウンセラーはその中の1つの方法である論理療法を行ないました。



「これから起こることについてネガティブな結果を予測することから、不安やうつが起こるんですよ」
「ネガティブな結果を予測することの元になる信念、自分はものごとを
上手くできないんではないか、すべてのことを上手くできないと自分はダメ人間である、という考え方が根底にあって、うつや不安になってしまいます。ですので、こうした考え方をやめることにしましょう」とカウンセラーは言いました。


するとクライエントさんは、「考え方は分るんだけど…」と乗り気じゃない様子。
それでも若いカウンセラーは、血気盛んで、ぜひやりましょうと
推し進めていったそうです。



何回かセッションを続けていくうちに、「うまの合わなかった上司が辞めさせられて、会社には自分が残れることになった」と話されたそうです。
そして、「病院も変えたいからカウンセリングも別のところで受けるようにしたい」、と言われカウンセリングが中断することになりました。


よくケガの功名という言葉を聞きます。
この方の場合は、このケース報告を聞いて、「うつの功名」、「不安の功名」だなと思いました。
うつって本当につらいんだよ、と思っている皆さんには本当に申し訳な
いとは思うのですが、簡単に治らなくて良かったなと思ったのです。



前のようにいけいけどんどんでやっていたやり方から、うつになったり不安になったりして、きっと仕事への取り組み方が、慎重になり、人に対する接し方も丁寧になったのだと思いました。
本人はもともと有能な人でしたし、仕事ぶりや周りの人への接し方も変わり、だから会社はうまの合わない上司を辞めさせてまで、本人に残ってくれと言ったのだろうなと。



このケースから学べることは、「治していいうつ」と「治してはいけないうつ」があるのではないかな、ということです。
認知行動療法は、症状が軽くなることが一番優先されます。
一方で、その人がその症状を抱えている意味や、利点について、あまり考えられていません。



疾病利得という言葉があって、病気になっていることで周りがやさしくしてくれるから治らない、そこをどうにかしないと、という話しがでてきます。
でも私はこの話しには簡単にはうなづけません。



症状を抱えていることで、周りの人は人に対するやさしやさ思いやりを身につけ、症状を持っている本人は、自分はやさしく思いやりを持って接してもらえる価値がある人間である、という認識が育つきっかけとなるとは考えられないでしょうか?

女性は男性の2倍うつ病や不安障害にかかりやすいといわれていますが、こうしたうつ病や不安障害の経験が他人の困難への共感性を高めることになるのだ、という考えがあります。
うつは、自分ひとりで頑張り過ぎない、人とのこころ温まる交流を結ぶきっかけとなりえたのではないでしょうか?

会社は上司ではなく、彼を選んでくれたのです。



うつになる人は、「自分は甘えてはいけない」、と強く感じている人が多いように思います。

実際聞いてみたら、「そうです」という人が何人もいました。
そんな方に私は良く言うのは、「神様よりすごい人になろうとしてるのですか?」「人類の一員になったらどうですか?」という言葉です。


先日NHKで認知療法がうつに効くいいカウンセリングだと放送されていましたが、その人の人生を豊かにするカウンセリングだとは言っていなかったと思います。

メンタルヘルスのサービスは、ただ単に症状を軽くするだけでいいのでしょうか?
私はそのようには思いません。
このケースを通じて、人生が豊かになったと感じていただけるカウンセリングとは何なのか、考えてゆきたいと思いました。



手紙パークサイド広尾レディスクリニック内音譜

チューリップピンクPS広尾レディスカウンセリングルーム流れ星