溟濛散歩 -10ページ目

溟濛散歩

どうにもたちゆかない日々にめぐらす心情のトロ、兼カウントダウン。

「普通の生活を送っている若者なら恋愛の一つや二つしてて当たり前」みたいなこと言う人たちはそれがどれだけ限られた人間にとっての当たり前なのか考えた事あるのかな。
当然そういう人たちがいうような、当たり前な恋愛すらできない人たちがいることくらいは想像できるよね?
彼らは決して特殊じゃないし、男女関わらず、顔がいいとか悪いとか関わらず大勢いると思うわけです。
人間関係を構築するのがヘタだったり、人前に出るのが苦手だったり、そういう人達は誰の身の回りに沢山いたと思う。ガサツな人間には見えてなかったかもしれないけど。
他にも屈折が強すぎて自分の感情、性別、好き嫌い等を容易く受け入れることができなかったり(これは私)。
世間は恋愛をしてる人間としてない人間にくっきり別れていて、いくら恋愛経験が豊富だなどと言っても結局あの辺で回ってるサイクルの中での付き合いしかありえないから、そういうのって端から見てると相当奇妙だ。
例えて言うならNHKとかのドキュメンタリー番組でどこかの村の文化を観察してるみたいな、別世界のできごとのように思える。
あるいは奇妙って思うことで距離を置こうとしてるのかもしれない。単純に羨ましいってのもあるが何より自分にはどうしようもなくこんな恥ずかしいこと出来ないって思う事の方が私には多いかな。
誰もが屈託なく、自意識に縛られずに自由に自分の感情を表現できるわけないよね。少なくとも私はできない。
むしろ恋愛のサイクルに入れるような素養が前提としてあるからこそアイドルになれるし、その価値があるっていう構造自体に矛盾がある気がする。だからブスドルっていたけど考え方としては悪くなかったかなと今更思った。
ていうかバイト先で恋愛した事無いって事実をものすごく驚かれたので、そんなにおかしなことかよって思ったけど、「ははは」って笑って済ましました。
日々何かに追われていて、それが何か分からない。不安を覆い隠すためにわざわざ耳を塞ぐ行為によって見失うものも多いようで、後退しない為に前に進む事よりも、日々ノルマのごとくこなしてゆく生産性の無い作業と、どうしようもなく感じる他者の視線をかいくぐってまで、精神をすり減らせてまで生きていく事がもはやしんどい。他者を傷つける事によって自分を優位に保とうとする人間と自分がどうちがうのか明確にすることがすでに同じ穴の狢であるということにすら気づいているから、どうどうと他者を傷つけることのできるガサツな人間ほうがきっと前に進めるはずなんだ。だが気づいてる人間はそれが出来ない。しかしガサツと容易く認定できるガサツさがそういう人間には、つまり私にはあるとも言えるわけで、となるともうどーーーーーーでもいいけどね、って言葉にすれどもどうにもならない感覚が常にあって、もはや頭打ちだ。
瞼の上からでも分かるくらい空が青いのに、私はまだ起きるのを拒んでいた。
開けっ放しの窓の外から微かに聞こえるセミの声や、どこかに遊びに行く子供達の声が、昼過ぎに目覚めた私を焦らせた。
焦ったものの、何をすればいいのか分からない。考えても不安になるだけなので、寝続けてしまう。前期で大学を中退してからおよそ二週間。ずっとこんな日が続いている。
心の病などといえば繊細そうだが、その実親や親戚を悲しませてまで堕落していく娘は、そういったノイズを無視できるほど図太いとも言える。
そんなことは分かっている。でも今更考えてもどうしようもない。中退したんだから、もうどうやってもその事実は取り消せないし、前を向いて歩かなければならないのに、心はもうずっとくじけたままだ。
いつからだろう。リビングから聞こえ始める母が掃除機をかける音にうんざりしながら、私は思う。
どこかで取り戻せる気がしていたのだ。
思春期に入って性格が極端に変わる人がいるが、私はその典型だった。
楽しかった学校は楽しくなくなったし、級友とも折り合いが悪くなったのは中二くらいのときだった。
それでも、そのときからずっと、なんとなく、辛いのは今だけで、いずれ蛹が蝶になるように、このうんざりするほど不自由な気持ちが解放される時が来るんだと思っていた。
今はまだ蛹の時期なんだと思い込む事で、どうにも立ち行かない日々に少しでも希望を持とうとしていたのかもしれない。
はあ。
私がため息をついたと同時に、急にドアが開くと掃除機の音はさらに大きくなって、私の耳に飛び込んできた。
私は飛び起きて、ぺたんと座った状態で頭を上げた。
目の前には母がいて、ゴミを見るような目でこっちを見ている。
母は「部屋片付けなさいよ」と言うと、ばたんとドアを閉めた。
ごめん。
私は心の中でつぶやく。その反面、一番辛いのは母じゃなく私なんだというよくわからない逆切れにちかい想いがふつふつとわき上がる。
ゴミ箱を蹴っ飛ばすとこぼれたのはお菓子の包み紙で、床に散らばる食べかすをみて情けない気持ちに包まれた。
よし。
私はなんとか立ち上がる決意をしたが、その声は小さく掃除機の騒音に吸い込まれていく。
はああ。
さっきより大きくため息をついたつもりだったが、思ったより肺活量が無く、途切れて喉からすこしだけ血の味がする。
あんまり地中深くに潜りすぎてしまったのかな、きっと腐ったんだ。
私はまだ蛹の例えにこだわっていた。
掃除機の音が止んだのでリビングに行くと兄がいて目が合った。
さっさと社会人になって家から出てけばいいのにと私は思っていたが、六年制の薬学部に通う兄はまだ実家から学校に通っていた。
父もたまたま休暇を取っていたので、平日の昼間から家族が揃っているリビングがとても気持ち悪かった。
私は家を出たかったが、当然予定も何もないので、出る理由が無い。
とりあえず家族と顔を合わせるのはしんどい。それに少しずつ外に出る習慣もつけなければならない。
図書館でも行こう。
そう思い、私は玄関でサンダルを突っかけると、扉に手をかけた。
開けたとたんに飛び込んでくる夏の日差しは強烈に私を突き刺した。
あっちい。
腐った蛹にはちょうどいい温度だなと私は思った。