3冊の社史-3
凡そ20年間の大阪勤務が終わって、故郷へ戻ってくることになる。
大阪転勤の時に「最後は故郷で仕事を終えたい」と希望していたことが実現する事となった。
大阪で関わっていた大きなプロジェクトが完成したことや、社内人事の動きがマッチして、20年前の願望が叶えられることになって誠にラッキーである。
然し、20年ぶりの故郷は住・家族生活・勤務環境いずれも大きな変貌を遂げている。
とりわけ、こじんまりしていた事務所は、駅前の大ビルの一室にあり、当然のことながら所員も入れ替わっている。
会社はそのうち、世の流れに乗ってCIが導入され社名、社章の変更が行われた。1991年の事である。
CIは単に社名・社章変更のみにあらず、業容の拡大を目指したものであった。現在の経営状態を見てみると、多くの新規事業に取り組むなどCIの効果は大きく成功していると思われる。
しかし、今日までの道のりは決して平坦ではなく、平成9年には「公共工事コスト縮減対策・・」が掲げられ市場の縮小と価格の下落、のダブルパンチを受けたり、平成16年「独禁法違反事件」などが重なり業界は大打撃を受けた。当然のことながら会社もその影響は多大であった。
このような困難な状況おも克服すべき力を持っていた会社は、何十苦もの多難な時期を乗り越えて、2007年に晴れて創業100周年を迎えた。
入社以来43年間勤務して私は3回目の20年を数え63歳で退職する事となった。
創業者と同じ43歳の時に80周年を迎え、退職の63歳で100周年を迎えるなど、何となく会社の節目と重なる人生を送れたことを感慨深く回想している。
今日まで何千人、何万人の多くの人々が繋いできた会社の生命力の強さに敬服している。
そして、100年史の結び近くには
「第2世紀へ新たな成長軌道を描いて」として纏められており、会社のホールディングス化で、グループの総合力アップが図られ、第2世紀に向けて今より更に強靭な体制に取り組んでいることが記されている。
第2世紀に足を踏み入れて、既に17年を経過している。
次回の発刊はは150年史であろうか?
その時の記念誌はどんな内容になるのだろうか
楽しみではある が読めそうにはない(笑)(笑)