こんにちわ
自分はHbA1c改善のため、健康のための週3回くらいランニングしています。
ランニング⇒散歩⇒ランニング⇒散歩⇒ランニング⇒散歩⇒里山トレッキングまたは道端歴史探訪ウォーキング
というサイクルを目安に苦しくない程度に運動をするように心がけています。
ところで先日の日曜日、趣味の地域歴史探訪とランニングを兼ねて、つつじが丘住宅地~川西インターから山の原ゴルフクラブ経由し、ゴルフ場を西畦野に向かってぐるっと回り日生中央駅に抜けるルートを走ってきました。
やっぱりあるある。
いろんなところに、石仏や一石五輪の塔が大切に祀られています。
日生中央駅東のゴルフ場への曲がり角付近のお地蔵さん
今回も、またまた小さな石仏をみちばたでいくつも発見。おそらく戦国期以前の墓石かと思われます。
石仏と一石五輪塔 西畦野川西北稜高校から日生中央へ向かう市道の脇
ゴルフ場作った時に出てきた無縁墓をまとめたものかな?
石仏の仏さまは極楽浄土を願う阿弥陀如来が多いと思います。
室町時代後期くらいのものもありそうです
松尾台住宅地とゴルフ場の間の道端の大切に祀られている石仏
無縁仏だと思いますが、赤い涎掛けと、それぞれ1個の湯飲みが地域の方々に大切にされている様子がよくわかります。
猪名川町松尾台住宅地と六石山の間のバイパス沿いに、古い土葬墓地を発見。入り口には六地蔵風に並べられた無縁仏と思われる石仏と一石五輪塔。
石仏は傘塔婆型、結構摩耗が進んでいますので500年~400年以上は経っていそうです。
同バイパス沿い、平行に走る山際旧道の山側小高いところにも2体。無縁仏かな?
このあたりは、源満仲が開拓した多田荘域であり、縄文弥生の昔から人が住み、田畑を開拓していった地域なので、いたるところに無縁仏と思われる石仏があります。
六石山や銀山周辺を外れると、一石五輪塔の数は減り、阿弥陀如来を彫り込んだ卒塔婆風や舟形の石仏が多いです。
墓標を祀った一族の住居地に近い場所が多いと思われ、親兄弟や親族を阿弥陀如来を刻んだ石仏で祀ったものが多いからでしょうか?
一石五輪塔は、銀山の入り口に近い広根周辺やその向かいにある六石山に多いところから見て、縁の薄い多田銀山の工夫らと関係があるのでしょうか。
その違いも今後少しずつ調べてみたいと思います。