親切な人。 | エニグマ/奇妙な話

エニグマ/奇妙な話

幽霊話ではない不可解な怪奇現象、怪談奇談の数々。
これらは全て実際に起こった出来事です。

この世界は、あなたが思っているようなモノではないのです。

今朝方、夜行で帰り昼過ぎまでうとうとしていたが、目を覚ますと

外はすっかり様変わりしていた。


今日は関東一円では珍しい大雪である。


旅先、仕事先、学校…いろんな出先があってそこから帰りつく。

家に入って玄関のドアを閉めた瞬間、それまで自分がいた

外の世界はどうなっているのだろう。

果たして、変わらずにそこにあるのだろうか。


主婦のDさんは近所のスーパーまで車を出かけ、その帰りに

塾へ通う娘を拾って帰宅した。

いつもご主人が帰ってくるまで時間はあるので、帰宅したあと

娘と話しながら夕飯の準備をしていると、玄関のインターフォンが

鳴った。

娘がキッチン横のモニターに応えると、


「夜分失礼かと思ったのですが、表の車の室内灯が

点けっぱなしで…」


画面には親切そうな青年が恐縮しながら、表の門柱にある

インターフォンのカメラに頭を下げ下げ覗き込む姿が

映し出された。

さっき車を停めたとき、そういえば娘が床に落とした携帯を

探して点けたが、そのまま消し忘れたに違いない…。

Dさんは改めてお礼を言うため、慌てて玄関を開け表に出た。


車庫に見える車の室内灯は確かに点けっぱなしだったが、

それを教えてくれた親切な青年はどこにもいない。

よほどの恥ずかしがり屋なのだろうか。

モニター越しに教えてくれたときも散々迷った挙句、

いかにも勇気を振り絞ってインターフォンを鳴らした様子

でもあった。


そのまま玄関を閉め、Dさんが中に入ると台所から娘が

走り寄ってきた。

そして小声で、


「お母さん、…さっきの人まだいた?」


Dさんが自分が出たときにはもういなかったことを伝えると、

娘は慌てて母親の手を引いてモニター前まで連れ戻した。

彼女は母親が出て行ったあとも何気なくモニターを見ていたが、

その間ずっと件の親切な青年は、画面の中で気弱そうな

笑顔を浮かべて、こちらを凝視したまま動かなくなったという。

その後ろを母親がまるで何も見えていないかのように、

スタスタとガレージに向かって行ったので不思議に思った

そうだ。


二人が戻ってきたときにはモニターは自動的に切れていた。

気味悪くなりながらDさんはもう一度モニターを点灯してみたが、

その画面には誰もいない玄関と暗がりが映し出される

ばかりであった。