仲のよい老夫婦がいた。
ある時、ばあさんの方がぽっくりと逝ってしまい、じいさんは随分
悲しんだが貧しくて葬式が出せない。
仕方なく、じいさんは戸口にばあさんの亡骸をぶら下げておいた。
するとばあさんの顔がすっぽりと離れ、じいさんの顔にへばりつ
いてしまった。
その顔がどうにも、とれない。
ばあさんが何か食わせろと煩くせがむので、仕方なくじいさんは
村を出てあちこち食べて歩いた。
やがて峠に差し掛かると、茶店の前でうまそうな団子があり、ば
あさんはそれも食わせろと騒ぐ。
腹が立ったじいさんは勝手に食べろというと、ばあさんの顔はす
るりと離れ団子にむしゃぶりついた。
じいさんは、いまだとばかりに後も振り返らず逃げ出した。
その後、ばあさんの顔がどうなったか、この話には語られてい
ない。
学生時代、旅先で民宿に泊まった時、同宿だった泊り客から夜語
りに聞いた話。
その人は40代くらいの勤め人だったが、彼もどうやら私と同類だ
ったらしく、あちこち旅先で怪異な話を聞くのが好きな人だった。
彼が高知で泊まった時、宿の主人から不思議な客の話を聞いた
という。
その客は中年女性のお遍路さんで夜遅くに一人、ふらりと湯を
貸してほしいと尋ねてきた。
お遍路さんは接待するのが慣わしなので、風呂上りに軽く飯なり
でも・・・と勧めるとその客は丁寧に礼を述べ、ついでで申し訳な
いが、小さな茶碗をもう一つ用意してほしいという。
主人は、ははあ、これはきっと子供でも亡くされた方なのだなと
了解し、言われるがままそのようにした。
夕食の用意をもって部屋に上がり、茶をついでやりながらの挨拶
から話はその女性の身の上話になった。
お接待で迎える客との話は、たいてい身の上話から入ってどうし
てお遍路を始めたのかになるのが常である。
彼女はこの年になるまでずっと一人身を通してきたという。
わけあって結婚は出来なかったが子供だけは授かった、だがそ
の子もふとした拍子に亡くしてしまい、その子のためにお遍路に
なったか。
主人がそう思っていると
「・・・でもなんでこんなことしてるんか、私にも分からないんです」
彼女は自分のわき腹をさすりながら、ぽつりと言った。
「・・・・私ね、ここにもちいちゃなカオがあるんです」
最初は小さな痣のようであったが、いつの間にか卵ほどの大き
さに拡がって顔になった。
それ以来ずっとそのまま過ごしてきたそうだ。
結婚しなかったのは顔があるからというわけでもなく、なんとな
くしたいと思わなかったからだという。
その顔をなんとかしたいと思ってお遍路をされてるんじゃない
んですかと主人が尋ねると、その女性はぼんやりと黙った後、
「・・・・さあ、それもどうなんでしょうか」
見せてあげましょうかという女性の言葉を辞退して、主人は早々
に部屋を出た。
その話が本当かどうか気にはなったが、何よりその女性の虚ろ
な感じが急に怖くなったからだそうだ。
その顔は子供のようであるが、彼女にもまったく見覚えのない
子供だという。