ファンのアイデア。 | エニグマ/奇妙な話

エニグマ/奇妙な話

幽霊話ではない不可解な怪奇現象、怪談奇談の数々。
これらは全て実際に起こった出来事です。

この世界は、あなたが思っているようなモノではないのです。

創作の現場ではいろいろ不思議なことが起こるらしい。

想像と現実の間には、何か不思議なつながりでもあるのだろうか。


漫画の現場で、休憩時間にアシスタントから聞いた話。


彼女は以前に、別の漫画家のアシをやっていた。

ある時その先生がぽつりと、ネームを推敲中にファンと名乗る人物が

いきなりにたずねて来た、という。

真夜中である。
 
こんな時間に、しかもどうやってここの住所を知ったのか聞いたが、自分

は熱烈なファンであると答える。

もう随分前から先生の作品を知っていて、先生のことは何でも知っているし

ファンレターも何度も送った、先生からも返事をもらったことがある、という。

しかし、当の先生にはもらったというそのファンレターに覚えがない。


はなはだ迷惑な話ではあるが、ファンと名乗る相手を無碍にするわけにも

行かない。

それに下手に刺激して今後、変に付きまとわれるのはさらに困る。

なんとか穏便に引き取ってもらおうと、相手を近くのファミレスまで連れて

行くことにした。

ご飯でも食べさせて適当にファンサービスをすれば、満足するだろうと

思ったそうだ。


席に着くなり、相手は先生の過去の作品について、いかに優れた作品か

嬉しそうに語りだした。

いまの連載作品もずっと楽しみに読んでいるという。

迷惑な相手ではあるが、悪い気はしない。

先生が少々面映く思っていたところ、「・・・・・・・・・・ただ残念なのは・・・」

と相手が言い出す。

それらの作品はすべて、自分が考えたアイデアが下になっていますね・・・

と。


「先生はどうやって、私の考えていることをキャッチしているのですか?」



もちろんすべて、この先生本人が考えたアイデアである。

熱狂的なあまり、こういった危ないことを言い出す手合いの話はよく聞いて

いたが、まさか自分の下に来るとは思わなかった・・・。

相手は連載中の作品について細かな分析、弱い点などを滔滔と語りはじ

めた。

先生は聞き流しながら、やはり困った相手に付き合ってしまったな、とガッ

カリしかけたそうだ。

だが話は最後になって、先生は心臓が口から飛び出るほど驚いたという。


彼が語ったクライマックスの構想・・・それはまさに先生が練りに練ったアイ

デアそのものだった。


こいつは、一体ダレだ?


ずいぶん前に担当編集に語ったくらいで、ファンは知りえない。

だとすれば、こいつは編集の関係者だろうか。

いや、相手は自分の熱烈なファンと名乗っている。

素人でも感の鋭い者なら過去の自作などから分析して、連載作品の方

向性を先読みできるヤツがいてもおかしくはない…。

でも・・・しかし・・・・。


相手は残念だと言いながらもそれを咎めたり、大事にする気はないと

いう。

ただ、もし私のアイデアが必要なら時々尋ねて差し上げるので一緒に

作品を作っていきましょうと言い出した。

なんとも厚かましく、気味の悪い申し出である。

言いがかりだと突っぱねようとも思ったが、ネットであらぬ噂を書きたて

られる可能性もある。


先生は考え込んでしまった。


いいアイデアだと思っていたが、素人に先読みされる程度ではうまくな

かったのだろう。

このまま押し通すのは、プロとしてのプライドが許さない気がする・・・。



結局、その申し出を曖昧に流して相手と別れてから帰宅した先生は散々

悩んだあげく、いまのネームからそのアイデアを捨てた。



それから後も時折、そのファンは尋ねてきていたという。

不思議な事に、先生はそのたびに相手をファミレスへと連れて行っていた

そうだ。

気が弱いのか、それともなにか心変わりでもあったのだろうか。

そこで相手から聞かされるアイデアは、果たしてどのようなものだったの

か。

アシスタントの彼女によると、破棄されるネームが急に増えたのは事実

だという。


しばらくして、その先生の作品は爆発的に売れ始めた。

いまや誰もが知る有名な看板作家である。



彼女が在籍している間にも時折そのファンと名乗る相手は来ていたようで、

先生は真夜中にふらっと出かけることがあったそうだ。

どんな相手だったか彼女に聞いたが、分からないという。

結局、辞める時まで聞きそびれてしまったそうだ。


男なのか、女なのかすら分からない。

声も聞いたことがない・・・。


先生はふと席を立って戻ってきたかと思うと、出かけてくると一言言って

出ていくので、その時初めて、ああ、あのファンが来ていたのかと分かる

のだそうだ。