繁忙期で何ヶ月かサボっていました・・・久しぶりの投稿。
今日、若者(主に大学生)が集まるイベントの見学に行ってきた。
こういったイベントは大体“意識高い系”が集まっていて、普段なら遠慮するのだけども、
一度講演を聞いてみたいと思っていた某有名経営者の方が基調講演にいらしていたので、
私にしては珍しく積極的に向かった。
経営者の方々のお話は、期待通り良かった!
学生のプレゼンターの半分は“いわゆる学生起業家”だったが、何人かは一線を画していた。
良い人の割合はまあまあ高いと感じた。
でも一方で、何かとても大きな違和感を感じた。
その違和感とは、
基調講演に来られた経営者の方々の意識と、学生で起業した方々の意識が、
全く違うということである。
どのように違うのかと言うと、
一流経営者の方は基礎的なスキルや知識、経験を積み重ねた上に問題意識を持っているが、
学生の方は、問題の存在を知った上で、それをどうやって解決するかに気が向いている。
だから聞いていて厚みが全然違うし、解決できそうかどうかの感覚も全く違う。
例えば学生が、発展途上国の教育に対して問題意識を持っていても、
多角的に見て“これぞ我がイシュー”と思ったのか?というと、違うと思う。
問題になるファクトが自分の常識から外れるものであり、
インパクトが強かったというだけである。
日本の教育にも、大きな問題が生じていると私は思っている。
例えばプログラミングを小学校教育に導入しようとしていたり、
ノートと教科書のかわりにタブレット端末を用いようとするようなことである。
“中途半端”に様々なことに手をつければ、余計に悪い結果を生むと思うのだが。
そして日本の教育については、
多くのメディアでは大々的に問題として取り上げ無いし、
その解決のために学生に誘いがかかることも無い。
だから問題として認識していないというだけの話であり、
発展途上国の教育問題も、日本の教育問題も、
長期的に見れば(AI技術が進んでくることを鑑みれば)
それぞれの重大性にそれほど大きな差は無いと私は考える。
とはいえ、ちゃんと自分で“考えて”いる学生もいたのは良かった。
VRは複数人で体験を共有できるようなシステムでないと広がらないのでは、
といった問題意識をもって取り組んでいる高校生がいて、
他のプレゼンターより頭2つ3つ抜けていると感じた。
高校生とは思えない落ち着きと思考の深さを淡々と表わしていてすごかった。
あと印象的だったのは、
いじめや登校拒否の過去がある人がプレゼンターに多かったこと。
私の持論として、“不満足”な環境下で育った人は後に
群を抜いた集中力と執着心をもって仕事に取り組むことができることが多い、
と考えているのだが、その裏付けとなるようなファクトとも言えそうである。
いずれにしても、いつの時代も
「すごい人はすごいし、すごいように見える人はすごい人に見えるだけである」
のである。
余談だが、講演の最中に出入りする人があまりにも多く、
また悪びれた態度すら無いことが、かなり衝撃的だった。
本当に完全に“個”優先で世の中が回っていくようになるのか・・・