今年のアカデミー国際長編映画賞と音響賞を獲得したのが、現在公開中の「関心領域」である。舞台はアウシュビッツ強制収容所。

 

 ここで行われた〝ホロコースト(ナチスがユダヤ人に行った大量虐殺)〟を描いた代表作が「シンドラーのリスト」(1993年)だ。収容所の約1200人のユダヤ人を救った実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)の実話。彼は、ポーランドの古都クラクフにある自分の工場に雇い入れるという名目で、ユダヤ人たちを安全な場所に移動させる。監督は自身がユダヤ人でもあるスティーヴン・スピルバーグ。

 

 ところで、この作品を最初にオファーされた監督がいる。ポーランドの異色映画作家ロマン・ポランスキーだ。ナチスがポーランドに侵攻してきた時、彼は7歳だった。ユダヤ人である一家は、収容所にぶち込まれ、ポランスキーだけは子供だからという理由で、間もなく出所した。母は収容所で死に、父はかろうじて生き残り、戦後に再会した。まさに少年時代に〝地獄〟を見た映画監督なのだ。戦後は14歳の若さで、クラクフの演劇学校に入り、舞台に立っている。

 

 そんな実体験があるために、「シンドラーのリスト」を監督する話が来たが、「記憶が生々しすぎて、とても引き受けられない」と断っている。しかし彼にとって〝ホロコースト〟は、どうしても向かい合わねばならないテーマだった。その因縁の作品が「戦場のピアニスト」(2002年)である。実在のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン(エドリアン・ブロディ)の物語。彼はワルシャワのゲットーを脱出して、一人戦場をさまよう。この作品で、ポランスキーは念願のアカデミー監督賞を得た。

 

 「戦場のピアニスト」は〝ホロコースト〟のなかでも、ユダヤ人が身を隠す〝逃亡もの〟と呼ばれるジャンルだが、この〝逃亡もの〟の最新作が本国ポーランドからやってきた。「フィリップ」は、ポーランドの作家レオポルド・ティルマンドの実体験に基づく。この自伝的小説は、ポーランド当局の検閲後、大幅に削除され、1961年に出版された。しかしすぐに発禁処分となり、2022年になって、ようやくオリジナル版が世に出た。そんな騒動になったのは、官能的過ぎる内容のためである。

 

 1941年、フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)は、目の前で、恋人や家族を殺されてしまう。2年後、彼はフランクフルトの高級ホテルで、フランス人になりすまし、ウェイターとして働いた。戦場におもむくナチス将校の妻たちを次々に誘惑し、ナチスへの復讐を果たすと同時に、自身の孤独も癒していたのだ。そんななかで、プールサイドで声をかけた知的なドイツ人(カロリーネ・ハルティヒ)に、本物の恋をしてしまう…。

 

 収容所ものには、どこかアンモラルで淫靡なニュアンスが付きまとう。その究極の作品といえなくもない。誰もいなくなった広間で、フィリップが筋肉体操をしている姿は、官能を越えて、ある種の凄みさえ感じさせる。

 

 監督のミハウ・クフィェチンスキは、「私は原作を更に緻密にし、トラウマから感情が凍りついた男の孤独を表現したかった」と語る。加えて、「彼は冷徹で反社会的な行動をとるが、それは壊れやすい自分の繊細な性格を隠すための仮面。現代だったら、心理療法士のもとに通い詰めているだろう」と解説している。