三遊亭円生の落語に、「夏の医者」という傑作がある。この噺の枕で、医者のタイプが分析されている。患者は、堂々とした態度で、ゆったりと話すタイプの医者を信用する。それに対して、早口で噺家のようにペラペラしゃべる医者への信用は今一つだ。
優しくてニコニコしている医者は小児科向き。頭の一つもなででやれば、患者は喜ぶに違いない。そんなタイプの医者が向かないのが婦人科。頭の一つもなでようものなら、問題になること請け合いだ。
外科の先生は、多少なりとも不愛想で断定的な方がいい。「切ると痛いでしょう?」と患者が聞くと、「何が痛いだ? それで治るんだぞ!」というくらいの勢いでないと、身体は預けられない。一方、「そりゃあ痛いさ。血が出るしねぇ。(上目づかいで)どうする?」なんて、患者に同調を求める医者は、患者の方から逃げ出したくなる。
新作映画「廃用身」は、そんな悠長な話ではない。デイケアの院長(染谷将太)は、淡々とした口調で、自分の信じる治療法を、患者に説き伏せる。それはAケアという画期的な方法。廃用身(麻痺などにより回復見込みがなくなった手足のこと)をバサバサと切ってしまうという荒技だ。
ケアを受けた患者からは、「憑き物が取れたように、身も心も軽くなった」とか、「厳しい性格が柔らかくなった」と喜ばれた。噂を聞きつけた編集者(北村有起哉)は、老年期医療に革命をもたらす医者として、本の出版を持ちかける。ところが、デイケアに関する内部告発が週刊誌に流出し、患者の周囲で思わぬ事件が起き始める…。
原作は実際に医師でもある作家・久坂部羊(くさかべ・よう)が2003年に発表したデビュー小説。当時は、その内容の衝撃度から映画化は不可能とも言われた。
ポイントは、主人公を染谷将太が演じていることだろう。これを、いい人か悪い人か分からない阿部サダヲが演じたなら、院長の底意が見えて、不気味なホラー映画になってしまうかもしれない。丸顔の染谷が演じると、あくまで患者のことを考え、善意で行っている医者が、思わぬエア・ポケットに陥ってしまう社会派ミステリーになってしまう。
監督と脚本を担当したのは、「家族X」(2011年)や「三つの光」(17年)を撮った吉田光希。塚本晋也監督の弟子に当たる。彼の演出も、決して大上段なものではなく、あくまで淡々としている。彼は、学生時代にこの原作と出会い、20年間、映画化を温めてきたそうだ。彼は、「どうか、目を背けないでください。ここに映るのは、誰かの母でもあり、父でもあり、やがてあなた自身でもある避けられない現実です」と訴えている。

