『異人たちとの夏』は、昨年亡くなった山田太一が、1987年に書いたファンタジー小説である。山本周五郎賞を受賞している。それを大林宣彦監督が翌年、映画化した。以下は、大林監督から直接聞いた話である。「あの映画は、最初、ホラー映画としての企画でしたね。当時はホラー映画がブームでしたから…」

 

 主人公のシナリオライター(風間杜夫)は、12歳の時、交通事故で父(片岡鶴太郎)と母(秋吉久美子)をなくしていた。その死んだ両親と浅草で再会する。同時に自分の住むマンションでは、そこで自殺した女性の幽霊(名取裕子)とも遭遇してしまう。

 

 大林監督は、両親が登場するお化けのシークエンスをオレンジ色で、マンションのお化けが登場するシークエンスをブルーの色調で統一し、前者をより温かく、後者をよりクールな趣きが出るように演出した。特に両親とすきやき屋で別れるシーンでは、幸せの象徴ともいうべきオレンジ色が、徐々に消えていく。その切なくもはかない名シーンは、見るたびに涙を流してしまう。

 

 大林監督は、えぐいホラー映画を〝親孝行〟の映画にしてしまったのだ。「この映画を見て、お墓参りに行きましたよと随分言われました」とは大林監督の弁。観客は死んだ人間と再会できることは素晴らしいことだと教えられたに違いない。加えて自分がどんなに年をとっても、きれいで若々しい両親と会えるなんて…と、うらやましく思ったに違いない。それには、いつまでも年をとらない秋吉久美子と、どこまでも粋を貫く片岡鶴太郎を選んだキャスティングが、絶妙に効いているのだ。 

 

 そんな「異人たちとの夏」が、外国でリメークされた。タイトルは「異人たち」。山田太一の小説が英訳され、それを読んだプロデューサーが映画化に名乗りを上げ、イギリスのアンドリュー・ヘイを監督に指名してきた。

 

 ところが新たな脚本が送られてきた時、仰天した。主人公(アンドリュー・スコット)が、ロンドンのタワーマンションで出会って愛するようになる相手(ポール・メスカル)が、女性から男性に変更されていたのだ。つまり同性愛。山田一家全員で本を読んでディスカッションを重ね、結局人間同士の寂しさが浮き彫りにされているので、映画化にOKのサインを出したという。

 

 完成した映画は、自分が同性愛者であったことを、死んだ両親の幽霊に告白することによって、昇華されるといった具合に描いてある。撮影は実際の監督の家で行われ、「演じた俳優は、実際の親に似ている」と監督は語る。両親は別に若々しくもなく、家族の話は刺身のツマみたいなもの。監督が強調したかったのは、マンションのなかで、自分の〝孤独感〟を癒してくれる現象の方だ。その意味からいえば、個人の好みに基づく自己陶酔的なプライベート映画と言えなくもない。

 

 要するに、同じ原作から、大林監督はオレンジ色の〝親孝行〟の部分を、ヘイ監督はブルーの〝孤独感〟の部分を抽出したのだ。優れた小説からは、いろいろなモチーフが取り出せるものである。