NHKスペシャルの「未解決事件File10 山事件」は面白かった。前回の「帝銀事件」では、新事実がほとんど出てこなかったが、今回は出てきた。アメリカの公文書館まで行って、戦後GHQのファイルを徹底して精査した結果だった。

 

  終戦直後の昭和24年7月5日に起こった下山事件は、戦後最大の謎と言われた。当時国鉄総裁であった下山定則が、日本橋の三越本店で姿を消し、翌日の未明、足立区五反野の線路で、轢死体となって発見されたのである。

 

  前々から行きたいとは思っていたが、NHKの番組が放映されたのを機に、現場を踏んでみた。場所は荒川を越えた、常磐線と東武伊勢崎線が交差する地点。そのガード下に、四角で平たい「下山国鉄総裁追憶碑」が、ひっそりと建っていた。ただし、地下鉄千代田線が開通された際、場所は少し移動したそうだ。

 

  すぐそばのクリークをはさんだ桜の向こう側には、巨大な病院が見えた。…と思いきや、そこは何と東京拘置所。かつては高い塀がめぐらされていたことだろう。

 

  下山事件は、当時から自殺説と他殺説が対立していた。自殺説を唱えたのは警視庁捜査一課で、慶応大学が出した〝生体轢断説〟を支持し、毎日新聞がその先鋒だった。それに対して捜査二課は他殺説を主張。〝死後轢断説〟を唱えた東京大学の初見を重視し、それを強く支持したのは朝日と読売新聞だった。

 

  そして映画も、この2つの説に基づく2本の作品が作られている。自殺説は「黒い潮」(1954年)。監督、主演は山村聰。のっけから、下山総裁が列車に飛び込むシーンを現実のものとして描き、マスコミや世論が誤った黒い潮流を形成し、世の中を巻き込んでいくという点にテーマを絞っている。原作は井上靖。

 

  一方、他殺説の映画は「日本の熱い日々~謀殺・下山事件」(81年)である。監督は社会派の熊井啓。朝日新聞の社会部記者、矢田喜美雄のノンフィクション『謀殺・下山事件』が原作。矢田を仲代達矢が演じている。興味深いのは、この2本の映画の脚本を、どちらも菊島隆三が書いていることだ。

 

  今回のNHKの番組では、GHQの内部機関に勤めていたキャノン少佐が、この事件に深く関わっていたことが示され、彼のインタビュー映像まで探し出している。加えて下山の殺害現場は、キャノン機関の本拠地になっていた本郷ハウス(旧岩崎邸)だと特定している。

 

  またGHQは、アジアの共産化を食い止める防波堤として日本を利用し、翌年始まる朝鮮戦争を控えて、日本の鉄道を軍事物資の輸送に使いたかったが、下山総裁がそれを断ったために謀殺したとしている。彼らにとって、鉄道を利用した謀殺は、労働組合の恐怖心を国民に植え付ける一石二鳥の手段であったわけだ。75年ぶりに出てきた新事実。そのことを吟味すれば、当時すでに『日本の黒い霧』を書いた松本清張の立ち位置は、驚嘆に値する。

 

 「追憶碑」のガードの上を、何事もなかったかのように、列車が轟音を残して通り過ぎて行った。