バーンスタイン指揮マーラー交響曲全集のCD

 

 〝天は二物を与えず〟というが、レナード・バーンスタインの場合は、三物も四物も天から与えられている。ニューヨーク・フィルの常任指揮者、ミュージカル「ウエスト・サイド物語」の作曲者、テレビ番組『青少年音楽入門』の解説者、加えて教育者であり、ピアニストであり、ハンサムであること等々…。

 

 このエネルギッシュなマルチ天才音楽家の生涯を追った映画「マエストロ その音楽と愛と」が完成した。演じるは俳優のブラッドリー・クーパー。加えて彼は、監督も自分でやってのけた。この人にも、天は二物を与えている(不公平!)。

 

 まず驚かされるのは、クーパーがレニー(バーンスタインの愛称)にあまりにもそっくりなことだ。ドキュメンタリーではないかと思われるほど似ている。その意味ではクーパーは見事に化けおおせた。日本の大河ドラマだと、老人になった主人公が、白髪の鬘をかぶっても、肌はパンパンに張ってるなんて例はよくあった。それに較べれば、何世代にわたるレニーが、髪の色だけでなく、シワや皮膚のたるみ具合までも詳細に再現しているのだから、最近の特殊メーク技術の高さが認識できる。

 

 冒頭は、急病になったブルーノ・ワルターの代役として壇上に立ち、25歳でニューヨーク・フィルのデビューを飾るという伝説のシーンから始まる。その際、師匠のセルゲイ・クーセヴィツキーから、「バーンスタインという名前はバーンズに直した方がいい」と忠告される。アインシュタイン、バーンシュタインという名前からは、ユダヤ人だと推測できて、差別されるからだ。しかしそんなことはものともせず、レニーは堂々と自分の名を名のって活躍する。そんな有名なエピソードも、ちゃんと織り込んである。

 

 一方、テーマは簡潔なくらいに、絞ってある。仕事は快調。女優のフェリシア(キャリー・マリガン)と結婚して、3人の子供をもうけるが、レニーは異性も同性も愛するバイセクシュアリティであった。その狭間のなかで、悩みぬく妻。後半、主役は彼女ではないかと思うほどカメラは彼女の精神に肉薄していく。

 

 2人が縁(よ)りを戻したのは、1973年9月、レニーがイギリスのイーリー大聖堂で、マーラーの交響曲第2番「復活」を、ロンドン交響楽団で指揮した時だった。まさにその意味では夫婦仲の〝復活〟。つい最近、NHKBSで放映されたこの歴史的演奏を、映画では同じ場所で撮影し、瓜二つに再現してある。この時のレニーは指揮台から飛び上がり、その興奮度は並大抵ではなかった。映画もここがクライマックス。意図的に他の指揮シーンを描かずに、ここだけに絞ってある。

 

 その後は、妻がガンに犯されて息を引き取る時、レニーは日本公演をキャンセルしてまで妻に寄り添った。

 

 劇中には出て来なかったが、私は彼が述べた発言で、要の言葉を知っている。それは〝LOVE IS SHARING(愛とは分かち合うこと)〟という名言。即ちレニーは、持ち前のケタ外れた愛情を、世界中の人々に分け与えた天才だったのだ。そのテーマが、この映画からもひしひしと伝わってくる。