クリスティアン・ディオールや、ルイ・ヴィトンといった高級ブランド名を聞けば、私はバッグを思い浮かべる。それは、私がパリに居た1970年代後半の頃の話である。

 

 まだ海外旅行がそれほど一般的でなかった時代、数少ない日本の観光客がパリに到着すると、彼ら(彼女ら)は高級ブランド店にどっと押し寄せた。特にルイ・ヴィトンのバッグを、猫も杓子も何個も買い漁った。それはちょうど、日本製品を爆買いする現在の外国人の姿とオーバーラップするかもしれない。偽物もずいぶん巷にはびこっていた。

 

 しかし私はパリっ子から、よく皮肉を言われたものだ。「日本人はそんなにお金持ちなのか? ルイ・ヴィトンは、ブルジョアが買うものなのに…」。フランス人は当時、爆買いする日本人を冷ややかな目で見ていたのである。高級ブランドは、本当にその価値を見極めた人が買うべきものだという認識が、フランス人の心の底にはあったのかもしれない。

 

 映画「ミセス・ハリス、パリへ行く」の主人公ミセス・ハリス(レスリー・マンヴィル)は、そんな高級ブランドの本質を見抜いていた人なのかもしれない。第二次大戦後のロンドンに住むハリスは、戦地で行方不明になった夫を思いながら、掃除婦として生計を立てていた。ところが雇い主の寝室で見た、クリスティアン・ディオールのドレスに感動し、これを手に入れようとコツコツとお金を貯める。

 

 目標の金額に達成した時、彼女はパリへと旅立ち、ディオールの本店を訪れる。ところがそこで働くマダム・コルベール(イザベル・ユペール)に阻まれる。彼女は「お掃除おばさんが、オートクチュールを身に付けるなどもっての外」と考える人であった。

 

 しかしそんなことでめげるハリスではない。親切なモデルや紳士たちのサポートによって、ディオールのドレスを手に入れるうちに、彼女の人生も変わっていく。コロナ禍では、珍しいほど前向きな上昇ドラマといえようか。

 

 演じたマンヴィルが、小柄過ぎて迫力に欠ける恨みが残る。むしろポール・ギャリコの原作を、1992年にテレビ化したドラマで主役を演じたアンジャラ・ランズベリーなら、ミセス・ハリスのたくましさが出ていたに違いない。キャスティングをいえば、親切なモデル役になった若々しいポルトガル女優アルバ・バチスタが新鮮で、これからの注目株だ。

 

 この映画は当然のことながら、ディオール社の全面協力のもとに成り立っている。しかし「おしゃれ泥棒」(1966年)で、個人宣伝になるというので、「ホテル・リッツ」を「ホテルH」と字幕スーパーを入れたNHKのこと。テレビ放映する時は、ディオール社の実名をちゃんと出すのかなぁと、余計な心配をしてしまった。