3つの版が存在するドストエフスキー原作の「白痴」
ドストエフスキー原作を映画化した「白痴」(1951年)は、正真正銘、まさに〝幻の黒澤映画〟である。その幻の原版を追って、私自身、探偵した経緯がある。その軌跡を書いてみよう。
黒澤が完成させた版は、4時間25分という途方もない長さだった。松竹は黒澤に大幅なカットを要請。松竹の本拠地・東劇で、一般に先駆けてロードショー公開されたのは、3時間2分に縮められた版であった。ところが、そこでの評判があまりに悪く、興行は3日で打ち切られた。そのため松竹は、全国封切りの際には、さらなるカットを要求。黒澤が「これ以上切りたければ、フィルムを縦に切れ!」という有名な台詞を吐いたのは、この時のことである。
結局最終版は、助監督であった野村芳太郎たちによって2時間46分に縮められ、全国公開された。当時は、名画座やDVDで二次的に使うという発想がなく、松竹はカットしたフィルムをジャンク(破棄)した。それが当時の慣習だったのだ。そして、その完全版は、この世に存在しないと長らく思われてきた。
ところが、黒澤を敬愛する熊井啓監督が、「キネマ旬報」の〈黒澤明追悼号〉(98年10月下旬号)に、「『白痴』の完全版が存在する」という爆弾発言を書いたために、大騒ぎになった。その記事のなかで、詳細は明らかにされてない。しかし私は、映画の師匠である熊井監督から直接、この話はよく聞いていた。聞くたびに確認したのは、「それは3時間2分の版ではなかったか?」ということだった。
東劇で上映されたプリントなら、それを移動させる際に第三者が関与したという話は充分にありうる。しかし監督は、「僕は実際にその版を見た。それは3時間程度の長さではなかった」と断言した。「白痴」完全版は、本当に存在していたのだ!
熊井が言っていたことを要約すると、「白痴」の長尺プリントを持ち出した……もっと平たく言えば、盗んだ人がいたのである。熊井は、もちまえの探偵の才能を発揮して、その人物を見つけ出した。そして現地に行って、その人物に実際に会った。問題はそのことが犯罪を構成するために、公にできなかったのだ。しかし見方を変えれば、消滅したプリントを救ってくれた恩人といえるかもしれない。
完全版を公にする最も現実的な方法は、松竹なり黒澤プロなりが、そのプリントを買い上げ、特別上映するという方法だった。謎の人物の名は明かさず、「倉庫に眠っていたものを発見した」と言えばいいのだから…。しかしこの方法は、いろいろの食い違いがあって、うまく行かなかったようだ。それ以後、その人物は、なりを潜めた。そして、2007年5月23日、熊井は急逝した。 (この項つづく)

