月に一度、大スクリーンでオペラ演目のライヴ映像を鑑賞している愛好会です。5月開催日は、いつもの第3木曜日、5月15日です。
内容は、プッチーニ『トゥーランドット』です。
会場は、東急線「元住吉」下車、川崎市国際交流センター、大ホールです。
開場は13時05分、開演13時25分、終了予定17時。
鑑賞は、年12回6000円の会員になっていただくか、
1回鑑賞券1200円、のいずれか。
どちらも、当日、会場にて受け付けますので、
開場時間までに、おいでください。
以下は、当日も上映前に解説をしてくださる音楽評論家、竹内貴久雄さんの
演目紹介文です。
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§ プッチーニの最後のオペラは、未完で終わっていた
プッチーニ最後の作品となった『トゥーランドット』は、「誰も寝てはならぬ」というアリアが有名で、人気も高いオペラの一つですが、クライマックスの20分ほどを完成させないまま作曲者が世を去ってしまったという、未完の作品でもあります。
未完成だったとはいえ、ほぼ最後の場面まで、台本はもちろん、作曲プランはメモが残されていました。そこで、楽譜出版のリコルディ社が、作品の完成を、当時トリノ音楽院長という職に就いていたオペラ作曲家フランコ・アルファーノに依頼したのです。
アルファーノは、その仕事を誠実に進めて完成させましたが、初演の際には、指揮を引き受けた当時の大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニとの意見対立によって、かなりの部分がアルファーノの意に反して削除させられてしまいました。伝えられるところによると、初演の当日、トスカニーニは、プッチーニが書き終えていた「リュウの死」の場面まで進んだところで演奏を止め、指揮棒を置いて客席に向かい、「プッチーニ氏は、ここまで書いて、世を去られました」と言ったとされ、しばしば、それが感動的な話として語られます。
しかし、私は、この出来事は、そうした美談で語られるものではない、と思っています。
§アルファーノが補作した「完成版」は、なぜ、闇に葬られたのか?
この初演の日。客席にいた補作完成者のアルファーノは、自分の意に反してまで完成させたクライマックス、それすらも聞くことができず、悄然として席を立ったといわれていますが、トスカニーニは、自分が強引に省略させたバージョンを聞かせたくなかったのかも知れません。実際、翌日の公演は、その省略版で演奏し、リコルディ社には、当時の大指揮者としての自分の権威を用いて、その省略版をスタンダードとして出版するべきだと強硬に主張。最終的に、それを実現させてしまったのです。いったんアルファーノの書いたままで出版された版(第1版)が、すぐに絶版となって、新たに、省略された楽譜が改訂出版されました。それは、事実上の「トスカニーニ版」ともいうべきものです。
こうして、初演以来、この省略されたバージョンが「アルファーノ補作」の楽譜として流布され続け、演奏されてきました。完全な形のアルファーノ補筆版を私が聴いたのは、今から30年ほど前の1990年代のことです。世界初の「アルファーノ補筆部分ノーカット録音」のCDの存在を知って、それをイギリスから取り寄せて聴いたのですが、その英DECCA盤CDを聴いた時の驚きを、私は今でもよく覚えています。それまで、なんとなく物足りなかった『トゥーランドット』の結末部分が、初めて納得して聴けたのです。
§トスカニーニが「長すぎる!」と省略したのは間違っていた?
私は、トスカニーニという指揮者は、その音楽性からも、生きてきた時代からも、「ヴェルディ体質」の人だと思っています。そのダイナミックな小気味よさは、ヴェルディでは生かされるのですが、プッチーニでは、せっかちなものになりがちです。
晩年のプッチーニは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』に傾倒していたことが知られています。音楽が、折り重なりながら繰り返され、少しずつ感情を高揚させてゆくのは、まさにプッチーニの世界なのですが、それを、ドビュッシー的な和音進行を織り交ぜながら、より強力に実現しようと模索していたのが、この時期のプッチーニだったに違いありません。そのことは、『蝶々夫人』以降、『西部の娘』辺りから、感じられることでもあります。
じつは、補作を行なったアルファーノは、イタリア・オペラとしては自由な散文の歌詞に実験的に付曲した最初期の作曲家として歴史に名を残していますが、彼も、その根底にドビュッシーの影響があることが知られているのです。時代は着実に、変わりつつあったのです。
そうしたプッチーニやアルファーノの新しさは、トスカニーニには違和感となっていたのでしょう。トスカニーニがアルファーノ版の楽譜を見て、ひと言「長すぎる!」と言って、100小節以上削り、演奏時間にして約5分も縮めてしまったものが定着してしまったのは、この作品の真の姿を知る機会を奪うことだったのです。
§やっと上演されるようになった『トゥーランドット』の真の姿
『トゥーランドット』は、最近になって、やっとアルファーノの完成版での上演が試みられるようになりましたが、まだ世界のオペラハウスでの主流にはなっていません。そのため、音楽、歌唱、舞台とすべてが理想的に組み合わさった「映像ソフト」は、未だに登場していません。コヴェントガーデン王立歌劇場の音楽監督だったアントニオ・パッパーノが数年前にCDで発売したものが、初の「完全全曲録音」として話題になったに過ぎません。
そこで、来月は、これまでの版での代表的な美しい舞台をしっかりと鑑賞した後に、アルファーノ版でのクライマックス約20分も、参考映像で併せて鑑賞していただくことで、みなさんと一緒に、プッチーニの遺作の真の姿を、考えてみたいと思っています。
貴重な体験となるはずです。お楽しみに!