__光明
__木→?
火___水
__土→金
__冥
光明は木から派生し、冥は土から派生したと見なせる。
金もまた土から派生している。
水は冬、火は夏。
木は春で土(金)は秋だ。
土の自我から防衛機構として金の人格が発生し、冥の肉体から防衛機構として水の心が生じる。
残るは光明、火、木だが、対の関係的に火は光明から生じていると考えられる(水が冥から生じたので)。
光明とは運命体であり、その大本は宇宙の星々だ(宇宙も地球を取り巻く環境であり、環境体である木からの派生)。
火は意識、あるいは無意識であり、それは宇宙意識から分離した一欠片だと精神世界の一部では語られる。
光明を大いなる宇宙意識とするなら火の意識・無意識がその一欠片だとしても不思議ではない。
また、残る木が土と対の関係なら土が金を派生させたように木も何かを産み出すかもしれない。
数理的に言えば光明を含めた7は、一週間の七曜だ。
日月火水木金土。
明冥火水木金土。
そして8は八卦であり、乾兌離震巽坎艮坤=天沢(金)、火、雷風(木)、水、山地(土)。
7 明冥火水木金土。
8 天地火水木沢山+木。
つまり、7→8の発展で木がもう一つ生じる。
それは土にとっての金、自我にとっての人格のように、木の環境体にとっての一種の防衛機構なのだろう。
環境体とは個人が他者と繋がって形作られる社会の輪のことだ。
象意的にはそれは雷でなく風が相応しい。
環境体を風とした場合、その防衛機構たる雷とは何か?
風の象意は、
>交際、世話、友情、信用、商売、風評
雷の象意は、
>繁栄、発展、昇る、伸長、進出、希望、奮起
自我の防衛機構が人格なのだから、環境体(限定的な社会環境)のそれは家風、校風、社風、国風だろうか?
風が環境体の内部を巡るエネルギーなら、雷は環境体から外部へ漏れだすエネルギーだろう。
社風とは言い換えれば企業風土であり、風土とは、
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世界大百科事典 第2版 「風土」の意味・わかりやすい解説
ふうど【風土 climate】
風土は中国起源の語で,元来,季節の循環に対応する土地の生命力を意味した。土地は,天地の交合によって天から与えられた光や熱,雨水などに恵まれているが,生命を培うこれらの力が地上を吹く風に宿ると考えられたのであろう。許慎(後漢)の《説文解字(せつもんかいじ)》に〈風動いて蟲生ず〉とあるように風という字の中の虫は,一年中で最も早く生じる生物であった。人間本来の性は同じでも,土地の生命力ごとにその涵養のされ方には違いができることから,風土の語は,《後漢書》では場所ごとに異なる地方差を意味するに至った。
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古代中国思想に根差す漢字では風の文字が採用されてるが、その意味するところは土地(環境体)の生命力なのでやはり雷で良いだろう。
エネルギーを内在する環境体=木。
環境体内のエネルギーの循環=風。
エネルギーが外部へ発露した生命力=雷。
こんなところだ。
__光明
__風→雷(社会的風土)
火___水
__土→金
__冥
ただ自我にとっての人格と環境体にとっての風土は性質が異なるように思う。
人格は防衛機構だが、風土はむしろ外部へアピールする進出性がある。
防衛ではなく侵略とも言える。
それは雷撃のように世界進出を欲する攻撃機構なのかもしれない。
特にそれは毛色の異なる他の環境体と接触したとき顕著となる。
国家でも企業でも家庭でも専制的な環境体と民主的なそれでは風土が異なるし、互いが譲らず衝突すれば雷が炸裂し戦争になる。
木・風の防衛機構、あるいは攻撃機構の社会的風土、雷は他の環境体と交わったときの意図せぬスパーク、戦闘状態を意味するのかもしれない。
雷の戦争が収まり融和が成り、EUのようにかつての敵国と同じ環境体を構築し、円満なエネルギー循環が達成されれば雷が風へと還元され、平和が訪れるのだろう。
現在のウクライナでの戦争もその過程と言える。
そもそも両国が戦争に至ったのも社会的風土の相違による離反であり、木の環境体そのものの問題だ。
雷の風土はその土地の個性であり、風の集団性とは相容れない。
木の中の雷と風は集団の外部から見た個人主義と内部から見た集団主義の相克をテーマとしているようだ。
この内か外かの線引きは自我人格にも通じる問題であり、自我の場合、自他の区別がつかなくなると精神分裂と診断される。
その見地からすると他国を侵略する帝国主義は「人の物も俺の物」的なジャイアニズムというより精神分裂病の類いとも言え、狂人相手に道理を通すのは難しい。
(特に最終的に敗北する、退き時を知らぬ身の程知らずの帝国は。)
帝国主義の全盛期は19世紀、または20世紀初頭辺りだろうと思われるが、環境体の肥大により各国が狂人と化した悲劇の時代だったのだろう。
数理的には8の次の9では新たに冥が追加、復活する。
その象意は破壊と再生であり、冥府の王が顕現しないと環境体同士の衝突を終息できないなら、破滅は愚かな国家、または人類が受けるべき宿命なのだろう。