富国強兵と善隣友好 | 運命ハック

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オリジナル占術を幾つか編み出しましたので、それを用いて不定期に占っていきます。

可愛さとは自分にとって都合の良い弱さである。
ダサさとは自分にとって都合の悪い弱さである。

かっこ良さとは自分にとって都合の良い強さである。
キモさとは自分にとって都合の悪い強さである。


子供の可愛い仕草には自然と微笑みが出る。
非力な人のダサい仕草には自然と嘲笑が出る。
相手が弱ければ良くも悪くも笑いが出る。

かっこ良い人の力強い仕草へは自然と憧れの眼差しになる。
キモい人の威圧感のある振る舞いは自然と恐怖を覚える。
相手が強ければ、その良し悪しにより愛憎がハッキリと出る。


自分にとって都合が良いか悪いか。
相手が自分より強いか弱いか。

この二つの二区分により四つの基本的な対人評価が定まる。

高度で高尚な精神を持つとされる人間とて、一皮剥けば単純かつ利己的な価値基準で動く動物と変わらん。


ロシアが恐ろしく気持ち悪くさえあるのは、あの国が日本より強く、かつ日本に敵対的だからである。

アメリカがかっこ良く、憧れの対象なのはあの国が日本より強く、かつ日本に友好的だからである。

台湾が可愛く感じるのは、あの国が日本より弱く、かつ日本に友好的だからである。

某国がダサく感じるのは、あの国が日本より弱く、かつ日本に敵対的だからである。
しかし、かつては時代遅れの風体が嘲笑の対象だったが、昨今の軍事開発により、徐々にロシアのような不気味なキモさにシフトしている。


富国強兵が求められるのは、自分が貧しく弱ければ周りは強者ばかりとなり、防衛も何も始まらないからである。

善隣友好が求められるのは、隣国にとって都合の悪い存在になれば、自国が弱ければ侮られ、強ければ恐れられ、いずれにせよ戦乱を招くからである。

人が自らを鍛え、周囲と仲良く振る舞うのも同じ理屈で、侵略を受ける=いじめや犯罪の標的になるのは理由あってのこと。


ウクライナも軍事的に強ければロシアに侵略されなかったし、外交的に仲良くしていたら平和を保てた。

ロシアも経済的に魅力的な国ならウクライナから見捨てられなかったし、文化的に友好国として礼儀があれば裏切られなかった。

私からすれば両国とも富国強兵と善隣友好のいずれか、または両方に不備があったように思えてならない。


翻って我が国はどうか、自分自身はどうか?

人が動物のように単純な「自分基準の強弱、利害の原理」で動くのは自明なのだから、それを自覚し、日々の行動に反映させないなら怠慢だろう。