福岡に住むシンちゃんから電話があった。

シンちゃんの幼友達のJさんが、

恩師の消息を尋ねている。

何とか力になってやってくれないかと。


福岡に住むシンちゃんは、75歳。

顔の広いQとんなら、

何か手がかりだけでも探してくれるんじゃないかと思って…
頼られると、本当に弱い性格である。


恩師を探しているというJさんは、

小学校4年の時、転校して故郷を離れたのだそうだ。

家の事情で、お寺に預けられて学校に通うことになったという。

彼が、その後東京で暮らしていることは知っていたが、

もうずっと連絡を取り合わなくなっていたという。


シンちゃんの別な友達が、

久々に東京でJさんに出会った。


故郷が懐かしい。

小学校時代の友達が懐かしい。

小学校2年の時の担任の先生は、今どうしているだろうか。

小学校4年で転校する時、

親身になって励ましてくれたあの先生…


シンちゃん達が小学校2年生の時といえば…

終戦まもなくの昭和21年。

物資が乏しく、恵まれない家庭環境に育つ子供。

家の事情で転校する子供にとって、

優しく励ましてくれた先生は、

まるで観音様のようだったに違いない。


もうすっかりお婆ちゃんになっているかもしれないが、

会って一言お礼が言いたい。

もしも亡くなってるのなら、お墓にお参りして、

せめて線香を手向けて感謝したい…

と、Jさんは長年思い続けていたという。


ご推測の通り。

そのJさんが探し求めている先生は、女性なのである。


何度も破れ繕ったお古の服を着た鼻たれ小僧が、

竹下夢二の世界に出てくるような、

楚々とした若き美人の先生に頭を撫でられながら、

先生の励ましの一言一言に、

涙をこらえて頷いている…


先日聞いた浪曲の影響かもしれない。

シンちゃんの話を聞きながら、ジーンと感激してしまう。

まるでその場に居合わせていたみたいに、

その別れの風景までが浮かんできてしまう。


きっとJさんが悩んだ時や人生の岐路のたびに、

いつもその先生の優しい微笑みが浮かんでは、

力づけられたに違いない。


男Qとん。

鼻たれ小僧の幼稚園児の時、

山下先生の大きな瞳の中に、

慈母観音の存在を悟った思い出をもっている。


何が何でも探してあげにゃならん。

午前中片づける予定の書類作りは後回しにして、

そのJさんの恩師、ミツエ先生を探し出そうと決めた。


手がかり…

連想的に、ノリコ先生を思い出す。

ノリコ先生とは、Qとんの小学校2年生の担任だ。

すぐ近くに住むノリコ先生は、まだまだお元気である。

先生なら何か手かがりがつかめるやもしれない。


急な電話にもかかわらず、

ノリコ先生は優しく応えてくれる。

80歳も過ぎたというのに、鈴を転がすような声も相変わらずだ。


「ミツエ先生?

 うん、覚えちょるよ。

 確か、○×小学校の近くに住んで、

 でも、ご結婚して姓が変わっちょんよ…」


すぐに消息がつかめた。


肩透かしを食らった感じ。

こんなに簡単に見つかるとは…

ミツエ先生の家をゼンリンの地図で見つけ、

電話帳で電話番号を調べて確認の電話をしてみる。


「え゛~っ??

 ○×、Jさん?

 覚えちょらんなぁ~

 昭和21年?

 あん頃は、教室に溢るるごと、

 子供が一杯おっちょったからなぁ~」


ま、よくあることではある。


Jさんにとって、忘れ難い人生の大きなヒトコマでも、

先生にとっては、戦後の混乱した教育現場での、

十把一絡げの教育指導の出来事だったのかもしれない。


それより、ノリコ先生に比べると、

だいぶん声帯にシワが寄ったような声。

もうかなりのお歳なんだろうか?


「え゛っ?

 もう米寿なんでぇ~

 10歳年上の同じ教師をしていた主人に見初められて、

 結婚したものの、主人は2年前に死んじしもうたけど…」


ざっくばらんにプライベートなことを話してくれるので、

つい親しげに、うっかり要らぬことまで喋ってしまった。


「…ですから、そんな訳で。

 先生がもしお亡くなりになっていても、

 お墓参りしてでも、『あの時』のお礼を言いたいと…」


「じゃぁ~けん、主人はお墓に入ったけど、

 アタシゃ、まだ元気じゃぁ~よ。」


わざわざ言われるまでもなく、

受話器を通して本当に元気な様子が伝わってくる。


良かった。

恩師は見つかった。

これで、ことあるごとに故郷国東を思い出し、

恩師との思い出を大切に生きてきたJさんも、

きっと喜んでくれるに違いない。



でもなぁ…

あの迫力のあるしわがれ声。


Jさんが長い間描いてきた竹下夢二の世界が、

脆くも崩れ落ちなければいいのだが…