皆生温泉。


鳥取県西部、島根県との境にある温泉地だ。

何度か耳にしたことはあるが、九州からだとなかなか泊まる機会がない場所にある。

そこからほど近い島根県の玉造温泉は、

何度か泊まったことのある好きな温泉地であるのだが。


国東地区危険物安全協会は、毎年気候の良いこのシーズンに、

泊まりがけの視察研修旅行をする。

毎年やっていると、九州一円と瀬戸内海に面する山口、愛媛、広島の各県は、

ほとんど行き尽くしてしまった。

今年は、日本海側まで足を伸ばそう…

9月に開かれた役員会でそう決まった。


泊まりは役員の誰一人泊まったことがない、皆生温泉となった。


早朝5時に最初の参加者を乗せたバスは、

国東半島をぐるりと回る国道213号線の各バス亭で待つ参加者を拾って進む。

姫島から初便のフェリーで渡ってきた会員を乗せ、

市境のトンネル付近で待つ最後の参加者を乗せると全員が揃う。

まだ暗い午前6時15分。

会長の挨拶が終わると、副会長のシューちゃんの音頭で恒例の乾杯。


会員相互の親睦は、

視察研修旅行の大事な目的の一つなのだ。


バスの中は、一気に賑やかになる。


そして、三次市(広島県)のホテルでバイキングのランチを済ますと、

最初の見学地、マツダのエンジン工場。


まあ、少しばかり赤い顔はしていても、

フラフラしたり、ろれつの回らぬ大声を発したり、
そんな不届き者は誰一人としていない。

粛々と見学を終えると、すぐに出雲大社へ向かう。


今宵も飲んだくれ-出雲大社


清らかな気持ちで手を合わせる。


そして、楽しみにしていた初めての皆生温泉に着く。

ちょっと塩っ辛い温泉は、

朝早くからずっとバスに揺られた身体に優しい。


さあ、お待ちかねの懇親会の始まりだ。

何と言ったって会員相互の親睦は、

この旅行の大事な目的の一つなのだ。


トーゼン、松葉蟹が夕食膳にドーン!

…のはずが、チロッとだけ。

しかたない。
何と言ったって、お一人様1万1千円のリーズナブルなお宿なんだから。


前もってホテルのフロントに問い合わせたら、
「米子市内から呼ぶコンパニオンは、

 一人2時間で、12600円です…」
だなんて当然のように言うから、今回はコンパニオンなし。


まるで危険人物みたいな男ばかりの酒宴。

仲居さんをからかいながら大いに盛り上がる。

互いに酒を酌み交わし、それはそれで楽しい。

そして、二次会へ。

昔から顔馴染みだったかのようにすっかり親しくなった仲居さんは、

ホテル内のカラオケルームと居酒屋を使うように、しきりに勧める。


バカ言っちゃあ、いかん!

その土地の初めてのネオン街を歩くのも旅の楽しみの一つ。
ホテルの中から出ないなんて、商業主義の宿の思うつぼ。

と、知ったかぶりして、皆を連れて外へ出る。


ん?!

いつもの温泉街の飲み屋街と違った空気…

やたら煌びやかなネオンの大きな建物が並ぶ。

○○クラブだとか、クラブ××だとか…

タクシーの運転手さんが、

ありゃ、どれもソープだよ…なんて説明してくれる。


それに、普通のスナックや居酒屋はほとんどない。

スナックらしき店が5、6軒入っている長屋風の建物の前でタクシーを降りる。


「ここらあたりのお店は結構高いので、

 お店に入る前に値段交渉をして…」

とホテルの仲居さんから受けたアドバイスを受けて、

このQとん自ら交渉した金額は、一人3000円。


どや。

こういう交渉ごとは任せとけ!

と、その長屋のような建物にある店を順番に値段交渉し、
3軒目の店で手を打って皆を連れて中に入る。


いいか。

ソープランドなんかに行っていたらダメぞ。
知らん土地で、初めての店に入って、その地の女性とあれやこれや語る…

これこそが旅情ちゅうもんなんや。


一番若いタイキ君の肩を叩きながら、
店のボックス席に身を沈めて、旅情の何たるかを論ずる。


ちょっと薄めの麦焼酎が、喉の渇きを潤す。


初参加でバスの中では静かだったタニちゃんも、

マイクを持ってすっかり郷ひろみになりきっている。


どんな所でも、

どんな容姿の女性が傍に居ようが、

いつも通りに盛り上がるのが、このメンバー達の長所である。


あっという間に、時間の90分が経ったようだ。


カウンターから出ずいまいち白けていたママが、

延長も勧めずに、自分達の飲み物代を請求する。


女子プロレスラーかと見間違うばかりの愛嬌のいい女の子と、

このママの二人分の飲み物代くらいは、

協会長としてオゴってもいいや…

気前よく財布から五千円札を抜きとりながら、尋ねる。


「ママ、ありがとう。いくら?」

「12000円です。」

「イチ、イチマンニセン…?」


お客が一人3000円で入った店。

そう愛想も良くなかった女の子二人分の飲み代が、

どうして一人6000円もなるワケ…?

第一飲んでいたのは、ウーロン茶ばかりじゃないか。


「ふざけちゃ、いかよぉ~

 どうして飲み物代が12000円もなるの?」

「私が4杯。彼女が8杯だから…」


開いた口が塞がらない。

飄々とした態度は、いつもの商法に違いない。

かなり腹が立って、大声で文句を言う。


険悪な雰囲気に、

他のメンバーが自分達も負担すると、千円札を渡してくれる。


そんな問題じゃない。

こんなの許していたら、

見知らぬ初めての土地での旅情なんてあったもんじゃない。


でも…

これ以上やりあっていたら、

今までのいい雰囲気も台無しになってしまう。

しかも、もしかしたら、怪しげな男が肩を怒らして現われるかもしれない。


結局、言うままの代金を放り投げるようにして、舌打ちしてその店を出た。


「気分直しに、ラーメン屋に寄って帰ろう…」

誰が言ったのかその一言でいくぶん冷静になった。


そして、隣のラーメン屋に入った。


ラーメンを待つ間に、ビールと餃子とツマミを数品頼んだ。


ビールを飲みながら30分ほど経って、

なかなかラーメンができないと催促すると、

「注文を伺ってましたっけ…?

 今から、作ります…」

と、高齢のオヤジが申し訳なさそうに言う。


前にいた神戸からやって来たという5、6人の客が帰って、

もう10分以上が経つ。

この店で、注文を待っている客は、われわれのグループだけじゃないか。


そうこうしていると、またあの女が現われた。

さっきの不愉快な店のあのママである。

入り口の引き戸を閉めると、慣れたように厨房に入った。

そして、手際良く食器を洗っている。

そして、どうやらラーメンも作っているように見える。


何か嫌な予感がした。


壁にラーメンだけでなく酒の肴になりそうなメニューが、

ベタベタと貼っているところは普通の居酒屋風だが…


「おいっ、品書に値段は書いているか?」

思わず口に出して、大声で言った。


およそ信じられないことだけど、

そのラーメン屋の品書にはどれも値段表示がなかったのである。

時価の寿司ならいざ知らず、ラーメンが時価か?


で、いくらだったかって?

もう、思い出したくない。

できれば、皆生温泉に泊まったことすら記憶から消し去りたい気分。


とは言え、二日目の東西オイルターミナルの研修は有意義だったし、

境港の水木しげるロードや記念館も楽しかった。


ご想像通り、帰りのバスの中では、

「お客お一人様3000円、女の子お一人6000円」

の皆生温泉のスナックの話題で、

また大いに盛り上がったことは言うまでもないことだが…



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