10月10日は、私の誕生日。
早や60歳である。
記念すべき朝。
健やかな目覚めを迎えるはず…だった。
まだ草木も眠る3時頃。
太ももの足の付け根あたりがむず痒い。
寝とぼけてボリボリ掻いているうちに、
あまりの不快さにとうとう完全に眼が覚めてしまった。
トイレに行く。
電灯に照らし出す。
気持ちが悪くなるくらいの、大きなジンマシンができていた。
下っ腹もむず痒い。
パンツをずり下げる。
ジンマシンが紅く連なるような帯状をなしていた。
うん?
夕べ、何か変なものでも喰ったっけ…?
と思い巡らせるけど、思いあたらない。
もどかしさに、ジンマシンに八つ当たりする。
ギューっと強くつねったり、
血が滲むんじゃないかと思うほど掻きむしったり…
そうこうしているうちに、またまどろみの中に落ちていった。
再び目覚めると、6時半。
数時間前の苦闘を、家内に話す。
「誕生日の、それも60歳の還暦の朝が、ジンマシン…?」
と、笑っている。
あれだけ不快な思いをさせたジンマシンの紅い腫れは引いていた。
ジンマシンの出た場所を縁取るかのように僅かに薄く残る境界線だけでは、
とても家内の同情など得られようはずはない。
3時の痒みが夢だったかのように、
すっかり早朝のジンマシンのことなども忘れて、
60歳になったばかりの一日がスタートした。
昼前には、3人の子ども達と長男の嫁の連名でアレンジフラワーが届く。
嬉しい。
父親の誕生日を忘れず、こうして花を送ってくれることもそうだが、
姉弟が仲良く連絡しあって一緒にプレゼントしてくれることが、何より嬉しいのだ。
こりゃ、60歳だからと早々に老け込むわけにも行かない。
とばかり、膝痛の治療に効果があるといわれる水中ウォーキングに出向く。
まだ10日ほど前に始めたばかりだが、もう9回目となる。
効果はまだだが、今のところ真面目に取り組んでいる。
5分の休憩を挟んで、1時間45分。
プールの中を黙々と大股で歩いた。
そして、採暖室の温泉に浸かって冷えた身体を温めた後、
更衣室で身体を拭いていると…
むむ?
首の周りにあの早朝の不快な感じが…
鏡を見ると、首の周りはただれたように紅くなっている。
胸や脇の下にも不快感が広がる。
市立病院の時間外対応の緊急外来に電話して、
診察をお願いする。
時間外入口で受付をすると、廊下のソファで待つ。
そこに看護婦が体温計と血圧計を持ってあらわれる。
血圧計のベルトを、二の腕に巻きながらニヤッと微笑んで言った。
「お誕生日おめでとうございます。」
「えっ?
どうして今日が誕生日だと…?」
「さっきの電話で…」
そう言えば、電話で診察依頼した時に、名前と生年月日を聞かれた。
「今朝、家内からからかわれたんだけど、
誕生日プレゼントがジンマシンじゃ洒落にもならんわなぁ~」
「いえ、全身に咲く花だと思えば、いい誕生日プレゼントですよ…」
花か…、かなり痒いけど、棘のあるバラは美しい。
なかなかシャレた看護婦だ。
それじゃなくとも暗い気持ちになりやすい病人相手の看護婦は、
これくらい明るい方がいい。
若い先生に診察を受け、
たぶん持参した健康食品によるアレルギーによるものだろうと言われる。
数日前、友人からグルコサミンをもらった。
その友人もひどい膝痛に悩んでいたのだそうだ。
が、グルコサミンを愛用して完全に良くなったという。
家に余っているグルコサミンを1箱30日分譲ってくれた。
それを飲み始めて3日目になるのだ。
一応、今日はアレルギーの注射を打って、
2日分だけの飲み薬を投与するけれど、
あらためて皮膚科でアレルギー検査をするように…
今日は風呂も控えて、早めに寝るように…
と、諸注意をいただく。
「今夜は還暦の誕生日で、
オゴッソーでワインの予定なんですが、
アルコールは、どの程度までなら…?」
「アルコールは、今日、明日2日間はダメです。
誕生日…?
誕生日でも何でも、今夜のお酒はダメですね。」
非情な一言。
ふ~んというような目つき。
カルテの生年月日の欄を眺めているのだろうか。
だが、マスクに隠れた口元は、
ニヤッと綻んでいるのか、
ムッと尖らせているのかわからない。
そんな訳で…60歳を迎えた日。
珍しく休肝のノンアルコール・デーとなった。
きっと忘れない一日になるはずだ。
